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矢沢永吉


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矢沢 永吉(やざわ えいきち、1949年〈昭和24年〉9月14日 -)は、日本のロックミュージシャン。広島県広島市仁保(現南区)出身。身長180cm、血液型はB型。

● 人物概要

・ 愛称は「永ちゃん」「ボス」
・ 矢沢ファンは、ロック界でも屈指の熱狂ぶりで知られるが、他のアーティストのファンとの決定的な違いは“矢沢になろうとする”こと。2006年には、NHKスペシャルにて矢沢本人ではなくファンにスポットを当てた番組が放映された。キャロルがデビューした1972年から、ソロデビュー以降、今日まで人気を維持し、独特のファン層を形成している、特にテレビ媒体に露出することは少なかった、当時の音楽番組にはほとんど出演せず。ラジオは1970年代に何度か出ている。このため1980年2月10日にNHK教育の『若い広場』に出演した際は大きな反響を呼んだ。同じ1980年に自身がCMソングを手掛けた「THIS IS A SONG FOR COCA-COLA」のCMは出演し、曲もヒットしたが、この時も音楽番組には出演しなかった。ただ、CMソングは1976年9月のSONYラジカセ「リズムカプセル9000」から多数手掛ける。近年のようにテレビ媒体に露出が増えたのは1992年に新発売されたサントリー缶コーヒー「BOSS」の初代CMキャラクターに起用されてからである。1980年代もテレビに出演することは少なかったが、ロックのカリスマのイメージを覆す冴えないサラリーマンを演じて世間を驚かせた。アルバム『Last Song』が発売された2012年夏には、多くの雑誌で表紙を飾った。
・ 多くのアルバムをセルフ・プロデュース。コンサート興行や演出なども自身の会社が行い、自らがそれら全てを取り仕切る。
・ 自らの奇想天外な人生を基に、数多くの名言を残している。
・ 声以上の楽器はないと話しており、レコーディングの際には、ほとんど1テイクで完成することが多い。
・ 2012年現在、楽曲数約400曲・ライブ総数約1800本・総動員数約600万人を超える。
・ オリコンDVDミュージック部門で最年長首位記録更新、60歳代での首位獲得は男女・洋楽邦楽含め史上初であった。
・ 1970年代から1990年代までの3つの西暦10年代連続で、スタジオ・アルバム首位を獲得した男性ソロアーティスト。
・ 1977年8月26日、日本人ソロ・ロックアーティストとして初めて日本武道館でコンサートを行う。以降2017年まで武道館最多公演記録149回と更新中。日本武道館を"ロックの殿堂"に押し上げる。
・ 1978年。
・ ホットドッグ・プレスの1982年5月号の独占インタビューにおいて「日本のミュージシャンはストーンズを観るべき。だが横浜銀蝿のようなガキは観てもダメ。坂本龍一とかは観たほうがいい」と辛口なコメントをしている。同時に紅白歌合戦を「年越しそば歌合戦」と皮肉を込めて述べた(紅白については後の2009年に第60回NHK紅白歌合戦でサプライズゲストとして初出場)。
・ 2015年12月2日にリリースしたライブDVD『ROCK IN DOME』が、同年12月14日付のオリコン週間DVDランキングにおいて総合1位(初登場)初週売上1.7万枚を獲得した(Blu-rayの売上枚数初週売上9805枚と合算した「総合ミュージック映像ランキング」も1位獲得)。
・ また、前作『TREASURE BOX』で自ら樹立した“DVD首位獲得最年長記録”(2014年5月当時64歳8ヶ月)を66歳3ヶ月に自ら塗り替えた。
・ 2018年7月13日、平成30年7月豪雨の発生を受け、自身のホームページ内の動画にて、同年9月11日に行われる広島グリーンアリーナ公演で得た収益を被災地に寄付することを表明した。
・ 2019年9月、アルバム『いつか、その日が来る日まで...』が、初週11.2万枚を売り上げ、同年9月16日付オリコン週間アルバムランキングで初登場1位を獲得。2016年5月16日付に小田和正が『あの日あの時』で1位を獲得した際の68歳8ヶ月を上回り、最年長1位獲得アーティストとなった(1949年9月14日生まれの矢沢にとっては、今回が70歳での1位獲得(9月16日時点の年齢)。「最年長1位獲得アーティスト」記録は、ソロアーティストおよび作品が対象。年齢の月数は、月の過半日数以上で翌月に繰り上げとなる)。また、自身が歴代1位記録を持つ「アルバムTOP10入り作品数」を本作で54作に更新した。

● 家族
前妻との間に2男1女、現妻は米国人とのクォーターで、2女2男の父親。 次女の矢沢洋子は二番目の妻との娘で歌手である。洋子とはサントリー「ザ・プレミアム・モルツ」のCMで親子共演をしている(2009年、2016年)。2017年、洋子と入籍したベーシストU.G(元ギターウルフ)は義理の息子に当たる。2021年1月22日、洋子が第一子となる女児を出産、2022年10月12日に第二子となる女児を出産。孫娘は矢沢を「じいじ」と呼び、矢沢もまた孫娘を愛でている。

● 経歴


◎ 生い立ち 〜 広島
母親は永吉が3歳の時、夫と息子を捨てて蒸発。広島で被爆した父親とは小学校2年生の時に死別。この頃、近所の裕福な家の子供に「お前の家は貧乏でケーキなんか買えないだろう」とケーキの一部を顔に投げつけられるなどのいじめを体験した。このような経験が積み重なり「BIGになる」との思いが芽生えたと語っている。矢沢は「晴れた日に海を見ていると広島を思い出すよ。やたら天気よくてね。広島ってヤクザとか原爆とか色々言われるけど、ボクにとっては一地方都市ね。悲しいことも楽しいこともあるけど、全部含めてね、淋しかーったって記憶しかないね。広島にいた子供の頃って、一人だったなって記憶しかない。かき氷が食いたかったけど、食えなくて、水だけジャブジャブ飲んでた。そんなことしか覚えてないよ」などと述べている、将来は板金工になって金を稼いでやろうと考えていたが、トランクとギターとオリジナル曲を書いた譜面と。広島駅から見送ってくれる者は誰もなかった、洋食レストラン「梅香亭」(伊勢佐木町)や、チャイナタウン、喫茶「タクト」(日ノ出町)などで働きながらバンド活動を始める。タコ部屋の住み込みで。横浜での下積み時代は弘明寺に住んだ。結局、陸送の仕事に戻る。「ヤマト」には、後に「矢沢ファミリー」と呼ばれるNOBODYの木原敏雄(ギター)、大森正治(ドラム)がメンバーに名を連ねた、今もジン・ライムを飲みに矢沢ファンが同店を訪れる。
・ 1972年
 ・ 矢沢が貼紙チラシで募集をかけ。ソロ転身後の矢沢の奮闘がキャロルをのちに“伝説”にした。面会後、CBS・ソニーから借金をして多額の現金をフォノグラムに払い、同社のプロジェクトチームが動き始めた。
 ・ 所属会社の要請で4月13日、日比谷野外音楽堂において解散ライブを行う。ライブには親衛隊としてクールスのメンバーが参加。演出のために使用した爆竹が雨で湿って、その火花が舞台セットに燃え移りステージが炎上、メンバーは楽器を失うだけではなく、多くの借金を抱えるというアクシデントの中、キャロル解散。

◎ 1970年代、ソロデビュー

・ 1975年
 ・ キャロルの解散が決まるとすぐに次のビジョンを描き、1974年末から渡米の準備を始め、キャロル関係の人間から離れ、一切のスタッフを総入れ替えし、ソロアルバム用のデモテープを完成させ、キャロル解散から20日後の5月3日、初の渡米。キャロル時代の書籍『暴力青春』(1975年、KKベストセラーズ)に書かれた「理屈やゴタクを並べるヤツは、金と暇のあるヤツさ。オレにはそんな時間も余裕もまったくなかった。オレの辞書には"行動"という言葉しかないんだ」を地で行く行動力。ファンにはキャロル時代の『ファンキー・モンキー・ベイビー』のような曲調が求められ、アルバム『I LOVE YOU, OK』は不評。ある地方公演では楽屋がなく、近くの駄菓子屋の6畳一間を借りて着替えたこともある。
・ 1976年
 ・ 1976年1月8日に中野サンプラザで行われたツアーラストの東京公演では、全身ラメの入った衣装を身に纏ってバラード「アイ・ラヴ・ユー、OK」を歌ったため、観客は口あんぐりでブーイングを浴びせられる屈辱。
・ 1977年
 ・ 10代の不良少年層を中心に熱狂的なファンを集め始める。当時のファンは9割以上が男、累計売上はミリオンセラーを記録した。同曲には、バックバンドの一員として坂本龍一や高橋幸宏、後藤次利らが参加している。
 ・ 7月、自著伝第1弾「成りあがり」を出版。100万部を超えるベストセラーとなり。ライターを担当したのは糸井重里である。
 ・ 長者番付歌手部門で1978年に続き首位獲得。
・ 1981年
 ・ 単身渡米し、アサイラム・レコードと契約。
 ・ 12月2日、ブルーノート東京にてライヴ。
・ 2007年
 ・ 8月18日、RISING SUN ROCK FESTIVAL 2007 in EZOに出演。
 ・ 10月12日よりEIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2007「THE REAL」をスタート。12月16日には、前人未到の日本武道館100回公演を達成した。当日の公演は最初の武道館公演と同じ服装で登場した。
 ・ 郵便局会社民営化企画協力第一弾として、日本武道館公演100回記念「You Say YAZAWA矢沢永吉 フレーム切手」販売。
・ 2008年
 ・ デビュー以来、欠かさずライブツアーを行ってきたが、37年目で初めてステージに立たないことを決意。“少しじっくり距離を置いて考える”というコメントを発表。20年在籍したEMIミュージック・ジャパンの契約を終了し、自らのインディーズ・レーベル「GARURU RECORDS」を立ち上げる。
・ 2009年
 ・ 7月20日、ap bank fesにサプライズ出演。スポーツクラブで偶然小林武史と遭遇し、その場で小林から出演のオファーを受けたことがきっかけとなり出演に至った。
 ・ 7月26日、HIGHER GROUND 2009出演予定だったが、大雨の影響により中止。
 ・ 8月2日、ROCK IN JAPAN FESTIVAL出演。
 ・ 8月19日、新宿のタワーレコード新宿フラッグスビル店屋上で、ソロデビュー初のインストアライブ。
 ・ 9月19日、東京ドームにて60歳バースデーライブ「ROCK'N'ROLL IN TOKYO DOME」開催。サプライズゲストとして、氷室京介、甲本ヒロト、真島昌利、長女の矢沢洋子が出演。
 ・ 9月26日、Think the water,Feel the music. LIVE for LOVE we support WaterAid出演。
 ・ 10月30日よりEIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2009「ROCK'N'ROLL」をスタート。
 ・ 11月21日より第2弾ドキュメンタリー映画『E.YAZAWA ROCK』公開。
 ・ 12月31日、「第60回NHK紅白歌合戦」に白組サプライズゲストとして出演。大物歌手揃いの紅白で、一人の歌手が持ち歌を2曲歌うという特例を許され「時間よ止まれ」「コバルトの空」を熱唱。シークレット扱いで、リハーサルもおおっぴらに出来ずで。「時間よ止まれ」の歌詞を間違え。
 ・ 5月8日より「Z's START ON TOUR」をスタート。
 ・ 8月9日、ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2014に出演。
 ・ 8月16日、SUMMER SONIC 2014に出演。
 ・ 8月29日、SWEET LOVE SHOWER 2014に出演。
 ・ 9月6日、第19回東京ガールズコレクションにサプライズ出演。
 ・ 11月16日よりEIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2014「VERY ROCKS 〜ROAD TO THE LEGEND〜」をスタート。
 ・ 12月20日・21日にディナーショー、EIKICHI YAZAWA SPECIAL NIGHT 2014「Dreamer」in GRAND HYATT TOKYOを開催。
・ 2015年
 ・ 4月12日、インターネットライブ「EIKICHI YAZAWA『MANIAC NIGHT』」を配信(4月24日から27日までの4日間、YAZAWA CLUB会員限定で再配信された)。
 ・ 9月5日、東京ドームにてソロデビュー40周年を記念したライブ「EIKICHI YAZAWA ROCK IN DOME 2015」開催。その模様はWOWOWプライムにて生中継された。また、本ライブに先駆けて、ファンクラブ・YAZAWA CLUB会員限定のライブ「EIKICHI YAZAWA OPEN REHEARSAL GIG」を行った(8月28日・Zepp Sapporo、8月31日・Zepp Namba(OSAKA)、9月1日・Zepp Nagoya)。本公演の模様は同年12月2日にBlu-ray&DVDで同時リリース。
・ 2016年
 ・ 2月28日、「SPACE SHOWER MUSIC AWARDS」で「BEST RESPECT ARTIST(音楽シーンに貢献し、多大な影響を与えているアーティストに授与される賞)」を受賞。
・ 2017年
 ・ 10月22日、実に7年ぶりとなる25本以上のツアー、「EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR「TRAVELING BUS 2017」」開始。
・ 2018年
 ・ 満69歳(「ロック」)を迎えるに当たり全国5都市のドームツアー「EIKICHI YAZAWA 69TH ANNIVERSARY TOUR 2018 - STAY ROCK -」を9月1日よりスタート。9月4日の名古屋公演が台風21号の影響により翌日にずれ込むなどしたが、9月15日東京ドームで完走し、この模様はWOWOWで生中継された。
・ 2019年
 ・ 2月10日、インターネットライブ「EIKICHI YAZAWA『MANIAC NIGHT 2』」を配信。同ライブはYAZAWA CLUB会員で、申し込みのあった中から抽選で選ばれた50名が招待され、前日9日に行われたライブを収録したものである(10日・11日にはオフィシャルショップ「DIAMOND MOON」にて各一回ずつ特別上映)。
 ・ 7月6日、自身初のロックフェス「E.YAZAWA SPECIAL EVENT "ONE NIGHT SHOW 2019"」を幕張メッセで開催。出演は矢沢の他、氣志團、KREVA、東京スカパラダイスオーケストラ(Guest・奥田民生)、MIYAVI。ライブの模様は動画配信サービス・Huluを通じて生配信された(なお、同年7月25日より1ヶ月限定で、矢沢のライブのみを独占配信。同フェスを開催するにあたっての意気込みやリハーサル風景などに独占密着した映像を、同年7月10日に日本テレビのワイドショー・情報番組「スッキリ」にて放映。翌週17日には独占インタビューが放送された)。ライブ中盤、日本テレビ系列で生放送された音楽番組「THE MUSIC DAY 2019 時代」の中継に出演した。
 ・ 10月10日、台風19号の接近による公共交通機関の混乱及びそれらに伴う来場者の安全を第一に考慮し、10月12日に日比谷野外大音楽堂で開催予定だったワンマンライブ「EIKICHI YAZAWA SPECIAL LIVE『THE STAR IN HIBIYA 2019』」の中止を発表した。矢沢にとって70歳の誕生日を迎えて初のライブだったこともあり思い入れも深く、また、43年ぶりの日比谷野外音楽堂での公演を楽しみにしていたファンの気持ちを汲み、10月19日夜にチケット当選者に向けてリハーサル風景などを編集した映像をインターネットを通じて限定配信。
 ・ 11月24日、同年11月16日より行われているライブツアー「EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2019『ROCK MUST GO ON』」マリンメッセ福岡での公演を体調不良(喉)により急遽中止を発表した。札幌公演より喉の調子が思わしくなく、できる限りの対策や治療を施したが回復が見られなかったため。自身の体調不良を理由に公演を取り止めたのは歌手生活47年にして初めてである。27日の浜松アリーナ公演もドクターストップがかかり、中止を余儀なくされた。

◎ 2020年代

・ 2020年
 ・ 3月26日、4月21日から予定していたライブツアー『E.YAZAWA "ROCK MUST GO ON" TOUR -EXTRA- 2020』の全公演を中止すると発表した。これは前年2019年より猛威を振るっている2019新型コロナウイルスによる感染拡大の状況を受け(「日本における2019年コロナウイルス感染症の流行状況」、「新型コロナウイルス感染症の流行 (2019年-)」参照)、来場者の健康・安全を最優先と判断し、クラスターを発生させないための決定である。
 ・ 5月2日、公式YouTubeチャンネルにて、ファンクラブ会員限定で『EIKICHI YAZAWA MANIAC NIGHT 1』(2015年)、同月3日に『EIKICHI YAZAWA MANIAC NIGHT 2』(2019年)を再配信。また同月5日・6日の2日間、<YAZAWAとSTAY HOME,STAY ROCK!>『EIKICHI YAZAWA MANIAC NIGHT 1、2スペシャルプログラム』と題し、選りすぐりの8曲を一般にも配信した。これは上記「日本における2019年コロナウイルス感染症の流行状況」に基づく「いのちを守る STAY HOME週間」で外出を自粛しているすべての人へ矢沢からの心意気である(配信動画冒頭に矢沢からのスペシャルメッセージが添えられた)。後日、緊急事態宣言が延長されたことを憂慮、また、配信が好評だったこともあり5月9日から24日まで再配信することを発表した。
 ・ 6月17日、2020年6月現在までに商品化されていない過去のライブ映像の中から厳選した3本を有料配信すると発表した。プロジェクトの名称は代表作のひとつである「SOMEBODY'S NIGHT」に因み『3 BODY'S NIGHT(サンバディーズナイト)』とした。第1弾は6月27日に、2017年の『EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR「TRAVELING BUS 2017」』武道館公演の模様をフルバージョンで配信。第2弾は7月に、2019年の『ROCK MUST GO ON』横浜アリーナ公演、第3弾は8月に、1999年の『LOTTA GOOD TIME』日本武道館公演の模様を配信。なお、本配信にあたって、矢沢本人が音源のミックスダウンを行い、少しでも臨場感を伝えられるよう努めた。また、ライブ本編以外にも撮影していたリハーサル風景などを含むメイキング映像も併せて配信した。
 ・ 9月12日、日本テレビ系列で放送された大型音楽番組「THE MUSIC DAY」にて、矢沢のロングインタビューをもとに『時間よ止まれ』に纏わる逸話をドラマ化した特別企画『矢沢永吉 特別ドラマ』が放送された。矢沢を演じたのは俳優の神尾楓珠。
・ 2021年
 ・ 7月7日、「矢沢です。今秋ツアーやります。」という告知メッセージが公式サイトに掲載された。7月11日、10月5日より石川県・金沢歌劇座を皮切りに、全国ツアー『I’m back 〜ROCKは止まらない〜』を開催することを正式に発表。10月1日、12月25日に横浜アリーナにおいて追加公演が決定したことを発表した。 ライブツアーは2019年に実施した『ROCK MUST GO ON』 以来、1年10ヶ月ぶりである。
 ・ 12月15日・18日・19日・21日の4日間は東京・日本武道館で行われた。19日の公演は、WOWOWプライムにて生中継された。最終日21日の公演を終え、同会場の単独アーティスト公演回数最多記録(146回)を更新した。12月25日、横浜アリーナで千秋楽を迎え、23会場31公演を完逐した。また、ツアー終了時に72歳3カ月である矢沢は、全国アリーナツアー(ホールを含む31公演)を行った国内男性ソロアーティスト最年長記録を塗り替えた(それまでは2019年に当時71歳10カ月で小田和正が行ったアリーナツアー(64公演)が最年長記録であった)。
・ 2022年
 ・ 4月4日、デビュー50周年を記念し国立競技場2DAYSを含むスタジアム&ドームツアーを8月から開催する予定であると発表した。
 ・ 7月2日・3日、ロック・フェスティバル「E.YAZAWA SPECIAL EVENT ONE NIGHT SHOW 2022」を幕張メッセで開催した。
 ・ 8月27日、『EIKICHI YAZAWA 50th ANNIVERSARY TOUR「MY WAY」』初日。27日・28日は国立競技場で開催され、2日間で延べ12万人のファンを魅了した。27日はスペシャルゲストに歌手のMISIA、28日にはB'zがサプライズゲストとして出演した。本ライブは新しくなった国立競技場で行われた初の有観客音楽ライブである。また、2019年12月以降、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため禁止していた"タオル投げ"が解禁された。9月18日に福岡PayPayドーム、9月25日に京セラドーム大阪でライブを行い、3都市4公演を完遂した。なお、国立競技場公演2日目(8月28日)の模様を収めたBlu-ray&DVDを2022年12月21日にリリースすることが発表された。
 ・ 9月14日、秋のホール&アリーナツアー『EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2022 〜ONE FIFTY〜』(11都市17公演)を開催すると発表した。ツアー最終公演は日本武道館での4DAYSを予定しており、最終日の12月20日には矢沢が日本武道館で行ったライブ通算150回を達成するはずであったが、3日目(12月18日)の公演から喉に不調を感じ、最終日当日となる12月20日まで回復に努めたが好転しなかった。観客に対し真摯に向き合い、最高のパフォーマンスを魅せる姿勢を常としている矢沢は現状ではステージに立つことは出来ないと苦渋の決断を下し、最終日公演中止の告知を公式サイト及びSNSを通じて発表した。これにより150回の記録更新は持ち越しとなった。12月23日、「NHK MUSIC SPECIAL 矢沢永吉 激白!超えられなかったあと1本」に出演。記録達成を目前に断念した武道館公演への思いを語った。また、今夏に行った国立競技場ライブへの道のりを記録したドキュメンタリー映像やキャロル時代からの秘蔵映像も併せて放送された。
・ 2023年
 ・ 7月28日、FUJI ROCK FESTIVAL'23に初出演。“GREEN STAGE”にて8曲を披露した。
 ・ 12月14日、全国アリーナツアー『EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2023「Welcome to Rock’n’Roll」』東京4Days初日公演を日本武道館にて開催。前年2022年に喉の不調で断念した日本武道館公演通算150回を、本公演を以って達成した。

● 様々な事件・騒動

・ 山中湖の自宅取り壊し
 ・山中湖に建てた自宅が無断で『アサヒ芸能』に取り上げられ。妻はノイローゼで入院一歩前、子供たちは不登校になり、しかたなく他の地区へ引越した。
・ ポルシェ盗難事件
・ マネージャーによるコンサート売り上げ詐欺事件
・ そっくりさんによる3億円CM裁判
 ・最終的に「肖像権を大切にしましょう」という共同提言を新聞に掲載した。
・ オーストラリアにおける事務所元側近による巨額横領事件。最初にプロデビューを飾ったキャロルは、初期ビートルズを模範としたロックンロールをベースにしたもので高い人気を誇った。矢沢は「あと3年、キャロルを続けたかった」が、他のメンバーとの間に大きな溝が生まれ解散に至った。
・ キャロル解散の後、ソロ活動を始めたが、バラード色を強く押し出した曲調に戸惑いを感じるファンは少なくなかった。1975年9月21日、ロサンゼルスレコーディングによるアルバム『I LOVE YOU,OK』および、シングル「アイ・ラヴ・ユー、OK / セクシー・キャット」でソロデビュー。本アルバムでは、当時まだ日本では珍しかったセルフプロデュースを行い、アレンジも同時に行うというセルフプロデュース方式をとった。外国でアルバムを録音し、外国人のプロデューサーを起用するという、現在では当たり前の手法を行った。当時、既にロック界の顔役と言っていい存在であった矢沢に対し、世間が「大人の音楽」を求めたことに対する反発もあったが、当時の日本では40代〜50代になって一線で活躍するロックシンガーは見当たらず、結果的に矢沢がその道を切り拓くことになった。
・ 主に矢沢の音楽活動は、キャロル時代から現在まで、歌番組への出演は極力控え、ライブ・パフォーマンスに重点を置く姿勢を貫いている。毎年欠かさず全国ツアーを行い、大都市圏のアリーナ、スタジアム会場だけでなく、地方都市の市民会館などにも訪れている。
・ マイクスタンドを振り回す独特のアクションは「マイクターン」と呼ばれ。ソロデビューした時にベースを弾くのを止めたら、触るものが無くなって手持ち無沙汰になり、ある日、マイクを蹴って、スパーンと決まった。
・ コンサートの広告には、現在に至るまで「特攻服での入場はお断りします。また、他のお客様を威圧する服装・集団も入場をお断りすることがあります」という文言が入っている。キャロル時代から始まり、1975年のソロデビュー以降、1980年代にかけても、矢沢は暴走族やヤンキー、愚連隊などの不良層から支持を受けており、それゆえ会場内はポマードとシンナーの臭いが漂い、中には特攻服のようなユニフォームの団体もあり。1980年前後によくいわれたのが「会場拒否」だった。一連の騒ぎや「会場拒否」が落ち着いたのは1990年代に入ってからであった。矢沢がソロデビューした1970年代半ばから1980年にかけては『ぴあ』や『POPEYE』といったカルチャー誌が若者文化を先導し。当時は「音楽をやってる人間が銭金の話をしてはいけない」みたいな風潮があったが、矢沢ははっきり「カネが儲かると聞いたから歌手になった」と話した。
・ 自身をシンガーソングライターではなくメロディーメーカーであると自負をしており、作曲のみを行っている。作詞をしないのは「才能がないから」としている。
・ 1980年代のインタビューでは、洋楽ロックをお手本に「パクリ」を繰り返している同業者を「軽蔑してるね」と批判している。「ロックに詳しい層から見ればダサいモノであっても、本当に自分の内面から生み出した音楽をやる。そうでなければ、恥ずかしくて人前に出られない」「僕はなにひとつ、つくらなかった(捏造しなかった)」という趣旨の発言をしている。
・ チェコ・ナショナル交響楽団をバックバンドに招聘し、「Rock Opera」を開催した。

● 功績


◎ ロックのメジャー化
日本の「ロックの祖」。レコード会社の操り人形ではなく。 キャロル時代のロックのメジャー化に加え、ソロシンガー・矢沢永吉としての先駆的業績は1977年から1978年にかけてのものが大きい。1977年8月26日、日本人ソロ・ロックアーティストとして初めて日本武道館公演。 コマーシャルソングが大きな注目を集めたのは、資生堂とカネボウによる、春・夏・秋・冬の化粧品キャンペーンソング合戦であるが、まだまだフォークやロック、ニューミュージックは反商業主義を掲げ。80年代の新しい音楽的才能は多くがタイアップから世に出た。「時間よ止まれ」の大ヒットからロック系楽曲のヒットラッシュが始まった
・ SONY
 ・ ラジカセ「リズムカプセル9000」
 ・ 「ブルーレイディスクレコーダー & BRAVIA」
・ ハウス食品「シャンメン BIG」
・ コカ・コーラ
・ コカ・コーラ 「パワーエイド」
・ サントリー
 ・ 「ボス」
 ・ 「角瓶」
 ・ 「ザ・プレミアム・モルツ」
 ・ 「セサミン EX」(2022年 -)
・ AXIA カセットテープ・ビデオテープ
・ ジョニーウォーカー
・ 宝酒造「バービカン」
・ ブリヂストン「GRID II」
・ ファミリーマート
・ 三菱自動車工業(当時のトラック・バス部門、キャンター・7代目
・ ユニクロ
・ TBC
・ トヨタ自動車「トヨタケータイ(au)TiMO W44T II」
・ マンダム ルシード
・ ロッテ キシリトールガム
・ 第一興商
 ・ 「MTV DAM」
 ・ 「LIVE DAM」
 ・ 「LIVE DAM HD」
・ イー・アクセス「イー・モバイル」
・ 日産自動車
 ・ 「“やっちゃえ”NISSAN」シリーズ(- 2017年)
 ・ 「“NISSAN PRIDE” 日産がやらなくて、ほかに誰がやる。」シリーズ(2018年 -)
 ・ 「ぶっちぎれ。技術の日産」シリーズ(2019年 - 2020年)

◎ インターネット配信

・ E.YAZAWA “ONE NIGHT SHOW 2019”(2019年7月6日、Hulu) - ライブの模様を生中継(同年7月25日より1ヶ月限定で矢沢の出演部分のみ配信)

◎ 新聞

・学生新聞 ※表紙

● 受賞歴

◇ 1994年
・ 第1回 ザテレビジョンドラマアカデミー賞 新人俳優賞(『アリよさらば』)

「矢沢永吉」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/
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