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桑田佳祐


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{{Infobox Musician  名前 = 桑田 佳祐  画像 =  画像説明 =  画像サイズ =  画像補正 =  背景色 = singer  出生名 = 桑田 佳祐  別名 =
・ 紫苑 小煉  出身地 = 神奈川県茅ヶ崎市。ロックバンド・サザンオールスターズのバンドマスターを務め、ボーカル・ギターを担当。所属レコード会社はJVCケンウッド・ビクターエンタテインメント、所属レーベルはタイシタレーベル。 鎌倉学園高等学校卒業、青山学院大学経営学部除籍。 妻はサザンオールスターズのキーボード・ボーカル担当の原由子。

● 概要
1978年にサザンオールスターズのボーカルとしてメジャーデビューを果たし、1987年に「悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)」でソロ活動を開始した。サザンとソロ活動を交互に行い、ソロとして「波乗りジョニー」「白い恋人達」「明日晴れるかな」などがヒットしている。オリジナル・アルバムは1988年に『Keisuke Kuwata』、1994年に『孤独の太陽』、2017年に『がらくた』など計5枚、ベスト・アルバムは2002年に『TOP OF THE POPS』、2012年に『I LOVE YOU -now & forever-』、2022年に『いつも何処かで』など計4枚、ミニ・アルバムは2021年に『ごはん味噌汁海苔お漬物卵焼き feat. 梅干し』が発売されており、3時代および5年代でアルバム首位の記録を持つ。 楽曲のテーマは幅広く、ラブソング、エロティックな楽曲、生まれ育った茅ヶ崎および日本への強い愛情が表れた楽曲、世界平和などのメッセージが込められた楽曲、反戦歌、プロテストソング、応援歌、コミックソングやナンセンスな楽曲などが存在しており、茅ヶ崎および日本への愛情や誇りを持つ姿勢に関しては後述の通り生まれ育ったことへの感謝の念や日本人としてのアイデンティティを語ったり。また、後述にもあるように当初は海外のロックやソウルミュージックの影響が強いソングライティングや歌唱法で知られていたが、次第に日本の伝統芸能や歌謡曲に対する研究の成果が現れ、そういった日本的な要素を積極的に取り入れるようになった。また、桑田は「楽曲というのはその時々の気分を反映したもの」といった持論を述べている。 音楽活動においてソロ・サザンを問わず、メンバーやスタッフとの連携を大切にしており、ライブのリハーサルの際には誰よりも早くスタジオに入り、一人一人に挨拶をして回ることが語られている。レコーディングの際には作ってきた歌詞がついていないメロディのみの曲をギターで弾きながらメンバーやスタッフに聴かせ、各自がコード、リズムパターン、フレーズ、各楽器の音色などを確認し、練習中に投げかけられるメンバーからの質問に丁寧に答え、桑田からもアレンジについての気づいた点を伝えていくなど、綿密な打ち合わせを行っている。この作業で桑田の頭の中にあるメロディをメンバー各自が共有し、演奏に向けたイメージを膨らませていき、アレンジにアクセントを付けながら曲の特徴を出していく。制作のモチベーションが上がるきっかけはクライアントやスタッフからの依頼があり、締め切りが明確に存在してからであるといい、自身の立ち位置を「職業作家」と語っており、タイアップ先のコンセプトや内容に合わせて制作することもある。近年はコンプライアンスにも配慮しており、レコード会社やマネジメントの若いスタッフに相談を持ちかけることがある。 ソロとサザンの違いについて桑田は「やってる途中でよくわからなくなってきた」と述べており、ソロのほうが「逆に匿名性が高い」「フェイクしやすい」と述べている。またインタビューで「サザンはサザンの楽しさがあるんですが、ソロは課外授業的な楽しさがあるんですよ」「サザンがあるからこそ、ソロが美味しいのかな」と語ったり、「自分にとってサザンは家庭・家族みたいなものであり、言わばサザンの楽曲はその子供たち。一方、ソロの曲は愛人の子供みたいなもの」と例えたり、武藤敬司とグレート・ムタとの違いを引き合いに出したりしたこともある。桑田は音楽において名義は重要かつ雄弁に方向性を指し示すものであり、音楽のモチベーションを高める最大の要素であるという持論を語っている。妻の原は桑田のソロとサザンの違いについて聞かれ「ソロ作品は、サザンという名前に縛られず、より自由に私的に音楽表現を楽しんでいるように思います」「その時々の桑田の精神状態でしたり、時代背景が思い出されますね」「素晴らしいミュージシャンの方々との出会いもあって、刺激され新しい扉を次々に開けて、切なくも自由奔放に歌うソロ作品が大好きです」と語っている。 歌唱法はジョー・コッカーや前川清から影響されており、シンコペーションを多用している。学生時代にダミ声が流行しており桑田も声を潰そうと思って声質をより近付けるため、ウイスキーを飲み自宅の部屋にこもって枕に顔を押し付けて大声を出し続けるといったことを行っていた。アマチュア時代および活動初期は日本語と英語のダブルミーニングの歌詞や早口な歌い方を取り入れていた。この歌いまわしは「桑田節」「桑田語」と形容されることがある。この変化に関しては「日本人歌手としての自覚が強くなった」と語っている。また、英語や早口な歌い方を用いない美しく明解な日本語の歌詞の楽曲を制作した例では原由子に提供した「花咲く旅路」「京都物語」「旅情」などがあり、桑田は原の歌声の魅力を「日本の原風景を感じさせる要素がある」と考えている。歌の上手さを数値化したり説明したりすることはナンセンスという持論があり、桑田が思う最強の男性歌手は尾崎紀世彦、最強の女性歌手はちあきなおみである。 楽曲の制作はほとんどが作曲した曲に詞を当てはめる「曲先」で行うが、楽曲によっては作詞から先に行う「詞先」の場合もある。作曲はギターを弾きながらメロディを口ずさむアナログな方法で行われており、パソコンを使う作業の大半はスタッフに任せている。また、「イヤな事だらけの世の中で」はサビの歌詞とメロディの断片が同時に浮かび、そこから逆引きして楽曲を書いていった。レコーディングは作曲作業と事実上並行する形で楽曲の断片をスタジオに持ち込むところから始まっており、テンポを決めて「クリック」と呼ばれるガイド音を作成したのち、ギターやシンセサイザーを弾きながらイメージを模索し、1つの楽曲としての骨格が見えてきたら仮歌を吹き込み、気になった箇所を歌い直す作業を繰り返していき、桑田の頭の中にある理想のメロディに近づけるために慎重かつ丁寧に突き詰めていく。以後も各楽器を録音し、作詞をした後にボーカルやコーラスを録音していき、楽曲の完成形を模索する。桑田は楽譜を読めず、サザンのメンバーで楽譜を読めるのは原のみである。ICレコーダーが普及する前は楽譜やコード譜などは原が書いていた。ICレコーダーの普及後は編曲や全ての楽器を桑田が担当した「MUSIC TIGER」「素敵な未来を見て欲しい」のように原を頼らない形での楽曲制作やレコーディングが不定期ながら行われることもあった。また、原由子に提供した「夢をアリガトウ」のレコーディング時には作者である桑田がサポートメンバーの片山敦夫に原のキーに合わせた際のコード進行のイメージを予め伝える場面が記録されているや辻褄が合わないものもある。また、下記の真面目な楽曲や反戦や社会風刺がテーマの楽曲によりアルバムがシリアスになりがちなため、エロティックな作風の楽曲はそのようになり過ぎないようにするためのバランスとしての役割も果たしているや、気に入っている御霊神社を始めとした鎌倉市周辺の散策コース。次第に欧米人になれるわけないと気づき「やっぱり、自分では日本語しか操れないってことが、逆にそれは強い武器になると思うんだ」「だからこそ自分がロックっていう枠組みに向かっていくときには、逆に日本人の良さを出したいというか、和の感じで勝負したいなと思うんです」「日本人として、日本の皆さんに楽しんでもらえる、日本語としてのポップスを作ろうと思った」と方針転換をし、日本語の歌詞を重視した和洋折衷な作品を目指すようになった。日本語で歌詞を書くことについては「日本語ならではのエモーション、情念みたいなものが出やすいと思います」と語っており、例えば奥村チヨの「恋の奴隷」に関しては「今だとありえないような曲ですからね。だけど、道徳と不道徳が歌のなかで相まみえるのは、すごくいい世界だなと思うんです」と述べている。1998年と2018年にそれぞれ発売されたサザンのベスト・アルバム『海のYeah』と『海のOh, Yeah』を聴き比べた際に、前者を「英語と日本語を融合させようとあれこれ格闘している跡が見てとれます」、後者を「やっぱり日本語を大切にして歌いたいという気持ちが、全面に出ていますね」と自己分析した。また、スペイン語やハングルを「ミスマッチの仕方が、多少定番とズレている方が面白い」という興味本位な理由で歌詞や映像に取り入れたことがある。しかしハングルを取り入れた「LOVE KOREA」は出自や思想に関するデマがネット上に流れる遠因になった。「愛の言霊 〜Spiritual Message〜」ではインドネシア語のラップの歌詞を書いた。インチキ外国語が主体の楽曲も存在しており、藤村有弘やタモリに少なからず影響を受けた。タイトルについては「名曲に名タイトルあり」「ポップスはタイトルがすべてである」といった言葉を名言と述べており、あまり悩むことなく付けられたタイトルほど楽曲の出来栄えと共にはまり方がよかったとしている。日本人の造語感覚が大いに発揮されているのが邦題であるといい、ピンク・フロイドの「原子心母」(Atom Heart Mother) やニール・ヤングの「孤独の旅路」 (Heart Of Gold) といった邦題を称賛している。以前は作曲家としての自分と作詞家としての自分の棲み分けが微妙であったが、現在は作曲作業とは別に作詞するという作業があることに神聖さと喜びを感じていると述べている。学生時代に影響を受けたアーティストは、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、エリック・クラプトン、デヴィッド・ボウイ、リトル・フィート、ボブ・ディラン、ニール・ヤングなどがいる。自著では、種々の音楽をビートルズを基準に聴いていると述べており、ビートルズは「人生の道標」としている。メディアなどではジョン・レノンからの影響を受けた側面が語られる頻度が多いが、実際はポール・マッカートニーから受けた影響も大きく、桑田は「ビートルズは本当はポールが一番好き」「ポール・マッカートニー派」といった旨を度々語っている。亀田誠治は桑田の音楽性について「桑田さんの中にはジョン・レノンとポール・マッカートニーの両方が存在してる気がするんですよ」「いわゆるジョンのディープな精神性と、ポールのポップな音楽性。その両方が絶妙にブレンドされてる」と指摘している、それを本人が言うには「馬鹿だったから」という理由により当時は周囲に言えなかったことを明かしており、自身が年齢や音楽的なキャリアを重ねたことで「だから今はもう自信を持ってね、歌手として日本人として声を大にして歌謡曲のファン、申し子であることをカミングアウトできるんです(笑)」という心境に至ったことを2007年のインタビューで語っている。2019年にリリースされたBlu-rayボックス『平成三十年度 第三回ひとり紅白歌合戦 三部作コンプリートBOX大衆音楽クロニクル』の特典のブックレットのインタビューでは「日本の歌謡曲は実に偉大じゃないかと。誇るべきものであって、決して侮れないし、これからもう一度学ぶべきじゃないかって。かつての昭和40年代、50年代、遡って昭和30年代もそうですけど、その時代の歌謡曲や演歌を集めて聴き始めた時に、全部が自分の身体に沁み込んでいる、血肉になっているじゃないかと。まあ、歳をとればとるほど(笑)気付かされるんです」と語っている。また、吉田拓郎、加山雄三、筒美京平、すぎやまこういち、宮川泰の作品やフィラデルフィアポップスにも影響を受け。また、桑田は「拓郎さん目標に、憧れて音楽やってきた人、私もそうですけど、いっぱいいます」「おとこ気とかカリスマ性という感じの人じゃなくて、もっと細い、甘酸っぱい、手の届きそうな、頼りになる兄貴のような人物でして。拓郎さん、私もファンでございます。(中略)私は高校1年の時ですよ、『元気です。』『人間なんて』…その風を真正面に受けて、夢を見せてもらいました」などとも述べている。加山雄三は桑田の楽曲に自身からの影響を感じ「似てるな?」と指摘したことがあり、これに対して桑田は素直に「マネしてます」と答えたため、「それで良いんだよ」と進言している。また、桑田はすぎやまこういちの才能や人柄への敬意や思い入れの深さを度々語っており、すぎやまがパーソナリティを務めたラジオ番組を愛聴していたほか。また、文部省唱歌、沖縄音楽などの影響も受けており、度々そのイメージを楽曲に取り入れている。1990年代後半にはレディオヘッドに傾倒し「01MESSENGER 〜電子狂の詩〜」「世界の屋根を撃つ雨のリズム」などの当時のサザンの楽曲に影響を与えている。ほかにも尾崎紀世彦、内山田洋とクール・ファイブ、ザ・ピーナッツ、藤圭子、浅川マキ、中島みゆき、坂本九、森繁久彌などのミュージシャンにも影響を受けた。このように様々なミュージシャンからの影響や要素を音楽性に取り入れていくことについて桑田はインタビューの中で「模倣とか妄想とか。この喋り方だって、誰かを真似しているわけだしね。それは最近、しょうがないと思って。オリジナリティってないんですよね、自分のなかに」「自分らしさを訴えていくのは苦しい。好きな人がいっぱいいるというのが幸せ」といった旨を語っている。また、松任谷由実、郷ひろみ、西城秀樹、HOUND DOG、鈴木雅之、松山千春、Chageや「時代遅れのRock'n'Roll Band」で共演した佐野元春、世良公則、Char、野口五郎などの同世代のミュージシャンやaiko、宇多田ヒカル、ゆず、スピッツ、Mr.Children、奥田民生、槇原敬之、福山雅治、SMAP、長瀬智也、ONE OK ROCK、米津玄師、GLIM SPANKY、YOASOBI、緑黄色社会、Official髭男dism、菅田将暉、ヤバイTシャツ屋さん、ももいろクローバーZ、Creepy Nuts、WANIMAなどの自身より年下のミュージシャンに対しても敬意を表している。 国民の生活に寄り添う内容となっている「現代人諸君」のような楽曲が存在するほか、北朝鮮による日本人拉致問題の解決を求めてソロ名義の「漫画ドリーム07」やサザン名義の「Missing Persons」などを制作したり。また、拉致問題、ミサイル発射実験、核問題や主体思想といった北朝鮮の諸問題への批判をビートルズの「サン・キング」に乗せて歌う、ボブ・ディランの「風に吹かれて」を意訳して歌うなど時事問題を歌にすることがある。このように社会を風刺したり世相を憂う趣旨の楽曲も多数存在するが、特別な意図を持って制作していたわけではなかった旨がインタビューで語られており、ビクターのスタッフは「桑田さんは、ミュージシャンである前に一人の日本人だということを昔からよく言っていたので、今の日本の置かれている状況を感じ取って、特別に意図的ではなく、自然な感じで作っていると思うんですよね。桑田さんはあくまで音楽の表現者であり、世の中に対して直接政治的な動きは全くしないでしょうから」という見解を示している。実際に桑田が公の場所で政治的な言動を行うことは非常に稀であり、先述のビクターのスタッフは「一人の日本人としての責任や自覚をしっかり持っているということだと思います」と評している。また、明治時代に流行した「オッペケペー節」については強烈に世相を皮肉ったものであり、このような反骨精神や滑稽と風刺の精神が肝心であるといい、闇雲に正義を振りかざせばいいわけではない趣旨を述べている。2021年にYahoo JAPANのインタビューを受けた際には風刺をする上での『似合う』/『似合わない』や、ビートたけしと明石家さんまを比較した上での芸風やキャラクターによる政治的な発言の『向き』/『不向き』、直接的な政治批判を否定的に捉え、ボブ・ディランの「風に吹かれて」の示唆的な表現を評価した上での『上手い』/『下手』といった分析を行っている。反戦や平和への願いを込め、戦時中の兵隊の苦悩や戦死者や遺族などへの思いを馳せた楽曲も存在している。桑田は「歌を歌うこともある意味語り部のようだと思う」と語ったことがある。 ベース、ドラム、ピアノ、キーボードなどバンドで必要な楽器は、一般に披露することは滅多にないが、一通り演奏できる。ごく一部のソロ作品のレコーディングでは桑田が全ての楽器のパートを担当した楽曲もある。特にベースを弾くことについてはかなり細部までこだわりがあることが語られており、原由子に提供した「夢をアリガトウ」のレコーディング風景にスポットを当てた『桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜』2009年7月19日放送分第12回 「夢のような企画」では、自分が納得するまで余念なくベースのフレーズを追求し弾き続ける桑田の姿が放送された。 視聴者や観客を冗談や物真似および扮装で笑わせることを重要視している。また、自身のことやこれまでの音楽活動を自虐的に語り、制作した楽曲やアルバムの反省点を述べたり、過去の言動やパフォーマンスに行き過ぎた部分があった場合には自らの非を認めることもある。一方で『ひとり紅白歌合戦』『THE ROOTS 〜偉大なる歌謡曲に感謝〜』のようにカバー曲をメインとした映像作品は存在している。また、藤代冥砂から「消えゆく日本の古い歌、民謡などを桑田さんの声でカバーアルバムとして後世に残してほしいのですが、実現の可能性は?」と質問された際には、「いいですねェ」と前向きな反応を示し、企画が実現する可能性を「期待を込めて70パーセントぐらいでしょうか?」と肯定的に述べていた。 自身が制作した楽曲の中で好きな楽曲は「あなただけを 〜Summer Heartbreak〜」「SEA SIDE WOMAN BLUES」「イエローマン 〜星の王子様〜」「100万年の幸せ」と語っている、世界で一番好きな楽曲としてミーナ・マッツィーニの「砂に消えた涙」やヒデとロザンナの「愛の奇跡」を挙げている。愛唱歌としてビートルズの「イン・マイ・ライフ」を挙げており、無人島に1枚だけアルバムを持っていくとしたらポール・マッカートニーの『マッカートニー』であるといい、中でも「ジャンク」と「恋することのもどかしさ」が好きである。

◎ 思想・哲学
桑田は自身の思想について「僕には何か特定の主義もなければ思想もありませんし、右でも左でもリベラリストでもなけりゃ、聖人君子でも何でもない」と述べている。また、桑田は社会風刺をテーマとした楽曲を発表する際には直接的な一つの主張に偏り過ぎず、バランスをとることが大切である旨。桑田を長年取材している音楽ライターの内田正樹は同楽曲を「日本への愛と世界平和への願いを、世代を超えて共有したいという理想が歌われていた」と高く評価している。また、勝谷誠彦は桑田の思想・哲学について「桑田佳祐は右でも左でもない。アナキストなのだ。ただし、愛国者であるなとは、私はときどき感じるのである」と評価している。音楽ライターの兵庫慎司も桑田のことを「基本的に、民主主義と平和と自由を愛し、権力やファシズムを嫌う、すこぶる“ロックなミュージシャン“である」と評している。スージー鈴木は桑田についてロック音楽は何を歌ってもいいと解釈し、日本国憲法が保障する表現の自由および戦後の民主主義を謳歌していると評している。 イデオロギーを問うことはなく、先述した通りすぎやまこういちから加藤登紀子まで幅広いミュージシャンの音楽性に影響を受け、分け隔て無く楽曲や功績を高く評価している。各界に幅広くファンや友人がおり、桑田は彼らにもイデオロギーを問わず分け隔て無く接している。日本だけに留まらずアジア圏(台湾、香港、韓国など)を始めとした海外のファンも存在しており、彼らにも分け隔て無く接している。また、桑田はレディー・ガガなどの親日家を公言する外国人に対して敬意を払っている。2014年秋に紫綬褒章を受章した際に皇居で拝謁した経験がある上皇・明仁や皇室に対する尊敬の念があることを述べている。なお、皇室関係者では天皇・徳仁がサザンの楽曲を好んでいることが理髪を担当していた人物の証言によって明かされている。 生まれ育った茅ヶ崎市に対する誇りを持っており、2000年にサザンとして行った『茅ヶ崎ライブ』では「茅ヶ崎に生まれて良かったです」と感謝の言葉を述べた。また、『桑田佳祐のやさしい夜遊び』2024年8月17日放送分で同郷の先輩にあたる加山雄三の特集を行った際には「こんばんは。土曜の夜の永遠の大先輩、桑田"茅ヶ崎に生まれて、幸せだなぁ"佳祐です」と挨拶した。高須光聖に「今後、歌を歌ってはならないという『歌禁止令』が世界で決まりました。最後に1曲だけ歌ってもいいと言われたら、どんな曲をどんなシチュエーションで歌いますか?」と質問された際に、文部省唱歌の「故郷」を挙げ「できたら、母校である茅ヶ崎小学校の、昔の音楽教室で、私の同級生たちと歌いたいなあ」と回答した。後に桑田は『宮城ライブ 〜明日へのマーチ〜』で同曲をハーモニカで演奏し。2006年に『ap bank fes '06』に出演した際には「自分の中だけの原風景があるんです。それが『ふるさと』でね。僕のふるさとは茅ヶ崎なんですよ。そこの沼や池の匂い、そして街の肌触りとか、母のぬくもりがずっと心の中に残り続けていて。そういう母性や匂いを作品にしていくこととか、そういう気持ちがエコロジーなんだと思うんです」という思いを語り。同曲を作詞する上での思いは強く、桑田は「歌詞を作ってる中で、日本人だったら自分の故郷とかね、離れた場所を思うとか、こう気にかけるってことがあると思うんですよね。特に今こう色々、日本中が過疎化してる。で、過疎化して地方から若者が外に出ていく。地方に仕事がないということがずいぶん多いと思うんですけど。そういうことをまあ、多少こう気に留めつつの『故郷』(というフレーズ)なんですけど」「正直やっぱり茅ヶ崎ライブでこの曲を歌っているってことを想定してましたけど、もっと茅ヶ崎だけじゃなくてなんか国民それぞれの『我が家』とか『故郷』という意味でね、そっち(のニュアンス)にちょっと振ったんですけどね」とレコーディング時に語っている。 日本に生まれ育ったことや日本人であることに対しても誇りを持っており。古より伝わる日本語や日本の文化の大切さを説く発言も行っているほか。日の丸に関しては、1984年に日の丸を持ったサザンのメンバーのイラストが及川正通によって制作され、情報雑誌「ぴあ」の表紙になったことがあり、また、サザン名義の「東京VICTORY」の歌詞にも「rising sun」という言葉でモチーフに取り入れられた。その理由について桑田は「戦場にもっていくとか、Show the flagじゃなくて(中略)スポーツとか音楽とか映画とか文化的なもので日本の国旗がたなびく感じ」「”金メダルを獲りました “とか”頑張れ~“的な、そんなイメージもあるんですよね」と語っている、『宮城ライブ 〜明日へのマーチ〜』で「ハダカ DE 音頭 〜祭りだ Naked〜」を演奏した際に間奏で「子供たちの未来と大事な命を守りましょう」と叫んだりするなど、国民の生活に寄り添う発言を度々行っている。 平和や日本的なものという広い意味で「”和”という言葉が好き」といった発言をしており、2013年にサザンとして行ったスタジアムツアー『灼熱のマンピー G★スポット解禁』で「ピースとハイライト」を演奏した際のように日の丸をはじめとする世界各国の国旗が球体になって転がり、中央にピースマークが登場するという世界平和を希求する映像を取り入れたり、2012年にソロとして行った全国ツアー『I LOVE YOU -now & forever-』のように日本的な和風の要素などをライブの演出に取り入れている。こうした思いおよび歌詞やステージでの演出意図がうまく伝わりきらなかったり、日の丸の掲揚に関連する誤ったエピソードや出自に関する誤った情報などのように、本来伝えたかった意図とは真逆の解釈のデマが流れたことがあるが、これについて桑田は「一部だけ切り取られて、まったく別の意味に受け取られるのは残念だなと。希望とか友好とか、前向きな思いが聴き手に残ってほしい」と語っている。広島県および長崎県に投下された原爆に関して桑田は「人類史上最悪の不条理」と表現している。また、「蛍」や「鬼灯」のように戦死者や遺族の心情に寄り添う楽曲も存在するほか、激動の時代を生き抜いた先人への感謝の念も述べている。ミュージック・ビデオや『第73回NHK紅白歌合戦』で「時代遅れのRock'n'Roll Band」を演奏した際には、ウクライナの国旗と同じ青と黄色の模様がデザインされたギターストラップを着用して歌唱している。同楽曲が制作された2022年にはロシアによるウクライナ侵攻が開始しており、歌詞の内容にも影響を与えている。 世界平和を希求する発言をしている一方で、日本人の従順さや平和な状況を甘んじて受けながら戦争や平和、安全保障などの現実に対して見て見ぬ振りをする所謂平和ボケをしている自分たちを戒める発言も行っておりや先述したいじめや差別、北朝鮮による拉致やウイグルの事件など人権問題をテーマにした楽曲。桑田は日本社会の風潮について、文藝春秋(2018年10月号)のロングインタビューの中で「決して何かが解決したわけじゃないのに、なんとなくタブーみたいにして、そっと触らず済ませてしまおうということって多いように思います。それで、ちゃんと見つめてこなかったツケが、東日本大震災のときにまた噴き出してきた気もする」「政治のゴタゴタなんかも含めて、そういうことを言い募ったりすると、ましてや表現の中に織り込んだりすれば、『なんかちょっと変わってるね』『そういうの、あんまり面白くないからさ』と言われがちですが、そうやって未解決のものを積み上げてきてしまったことが、日本の最も弱い部分になってしまっているのでは?」と指摘し、向き合うべき深刻な問題を議論の俎上に載せることを避け、その場しのぎで見て見ぬ振りをしてやり過ごすことを危惧する発言を行っている)をエイズ対策に使用し。桑田は25年に及ぶAct Against AIDSでの活動について「当時(1993年)はエイズについての理解も、感染や予防についての情報も、きちんと浸透していなかった。それを少しずつ知っていく過程は"差別"や"偏見"という言葉の意味を、あらためて理解するという点においても、とても良い機会となりました」と振り返っている。 東日本大震災が発生した2011年3月11日に、桑田は妻の原、バンドメンバー、スタッフとともに特番の追加収録をするために東京のNHKのスタジオにいた。また、楽曲やライブの収益を被災地へ寄付するなど、同震災を含む様々な災害の復興支援活動を熱心に行っており。震災から半年後に『宮城ライブ 〜明日へのマーチ〜』が開催され、犠牲者への黙祷を捧げたり、「祭りのあと」のアウトロでは会場のある宮城県のみならずパブリックビューイングが行われた福島県・岩手県。実際のライブのMCでも「あの震災以来なんか、日本がというか、日本中が故郷みたいだなと思った人も多いと思うんですけども」としみじみと語り、会場がある宮城県を「故郷仙台」と称えたのみならず、ライブビューイングが行われた福島県・岩手県のことも「故郷福島でも、故郷岩手でもみんな見てくれてると思いますが、(当時の時点で)一番新しい曲を聴いてください」と述べて慮ったうえで「明日へのマーチ」を歌っている、「震災を忘れない」「風化させない」という思いからサザンおよびソロの全国ツアー初日の会場に選ばれることが多くなっている。2012年には震災で大きな被害を受けた宮城県・福島県・岩手県の復興への願いを込め、同会場にソメイヨシノを3本植樹している。同震災から10年後の新聞のインタビューでは「音楽人として東北に向き合うことが、プライオリティー(優先順位)だと思っています」「『東北復興世代』と言うのでしょうか、東北復興のために活動するというのが、われわれの年代、世代にとっての第一のプライオリティーだと思っています」と述べた。 違法薬物の存在や薬物乱用については批判的な立場で「ドラッグに頼ればいい音楽をつくれるわけでもありませんしね」「(酒席でドラッグの使用を勧められた過去や、時間にルーズ・演奏中に高熱を出すといった薬物使用者の症状を語った上で)そんな風にはなりたくないなと思ったんですよね」「そっちの方向に流されなかったのは、運が良かったのかもね」と語っており、薬物の所持などで逮捕された元サザンメンバーの大森隆志を『桑田佳祐のやさしい夜遊び』で叱責したこともある。
○ 語録
日本の音楽シーンで長く活躍していることについて桑田は「好きな音楽を(2010年の時点で)32年間続けてこれたのは自分の才能とかじゃなく、スタッフやファンのお陰である」「自分は優秀なミュージシャンじゃない。(ファンやリスナーは)自分の手癖を愛してくださってるんじゃないかな」と語っており、福山雅治や平井堅がこのことを証言している。また、ドラマ『Sweet Season』(TBSテレビ)の内容に合わせて「LOVE AFFAIR 〜秘密のデート」の歌詞を書き下ろす際の打ち合わせで「僕は(音楽の)天才じゃないから、ただ(音楽が好きだから)人の三倍は努力するけどね」と発言した逸話も残っている。 2005年にサザン名義で発表したインストゥルメンタルの楽曲「キラーストリート」のことを「もしかしたら音楽の神様がこの曲を私に与えてくれたのかもしれない」と語ったり、2008年に日産スタジアムで開催されたサザンのライブ『真夏の大感謝祭』のMCで「音楽の神様に乾杯」「音楽の神様が皆さんに微笑んでくれますように心から祈っています」と観客やファンおよび関係者に向けて叫ぶなど、「音楽の神様」という言葉を度々好んで使う。 40歳のころに「他者との比較ではなく自分のなかで一番信じられる才能は?」との問いに「17歳のころの感性をいまだに信じられるところ」と答えた。 座右の銘として「また逢う日まで」を挙げており、「『こんにちは』でも『さよなら』でもない、けっして重くも軽くもなく、人に対してこんなに気遣い溢れる、さりげない思いやりの言葉、美しい響き」と語っている。また、植木等の「だまって俺について来い」の一節「そのうちなんとかなるだろう」も座右の銘として挙げている。 桑田はサザンを解散させず長く続けている理由として「絶対、サザンオールスターズは解散しません。だってさぁ… もったいないじゃん」と語っており、2005年に開催した全国ツアー『みんなが好きです』の東京ドーム公演のMCではサザンの活動について「これからもゆっくり、命ある限り続きますんでよろしくお願いします」と発言している。 ファンや観客への呼びかけとして『宮城ライブ 〜明日へのマーチ〜』の終盤のMCで「諦めないで 何事も 無理しないで 何もかも 人生を楽しんでください」と発言したほか。 愛妻家として知られており、自身のラジオで「女の人の意見とかね、女の人の顔色うかがうっていうのは、これ基本ですね。生きる上で」といった発言をしている。2010年夏の食道がんの早期発見は、妻の原や幼なじみの医療関係者などを始めとした周囲の行動の結果であることが語られている。 作詞家としての秋元康の才能を認めており、秋元が作詞した楽曲を『桑田佳祐のやさしい夜遊び』でかけた際には「秋元さん弟子にしてください、稼ぎたい」「(秋元が)『ザ・ベストテン』で構成作家していた頃に、(桑田が)アルバムを何枚も渡したじゃないか。仕事回してくれよ」などとジョークを述べたこともある。 1981年にアンネット『アンネシャンテS』のCMに出演。椅子に座った桑田が「僕は男にも生理日があるべきだと思います。ああ、偉大なる女性に感謝」などと語る内容が女性層からの絶大な支持を受けた。 2013年のサザンの活動の中で映画版『永遠の0』の主題歌のオファーを受けた際に製作途中の映画を観賞し、本人が言うには「手ぬぐいがビショビショになるほど」涙を流し、親しい関係者に「今年No.1の映画になるのではないか」と話し、「蛍」を書き下ろし提供した。同曲は原作者の百田尚樹から自身のTwitterで「胸に染みいるような素晴らしい歌」と評価されているほか、サザンファンを公言している弁護士の北村晴男や政治家の山田宏からも高く評価されている。 玉井詩織(ももいろクローバーZ)は自身の名前の由来がサザンの「栞のテーマ」から来ていることを桑田に直接伝えた。 オカマのことを「男と女のハーフだからニューハーフだね」と、大阪のラジオ番組で「Bettyのマヨネーズ」(パブ)のママに名付け、「ニューハーフ」という言葉を世間に広めた。しかし桑田自身は、自分が広めたわけではないと否定している。

◎ エピソード

○ ラジオ・パーソナリティとして
ラジオ・パーソナリティとしての評価も高く、特に『桑田佳祐のやさしい夜遊び』では自然体なトークや、楽曲制作の裏話、生歌などを繰り広げている。同番組では度々ユニークな名言及びいわゆる迷言を発しており、先述した思想や語録の一部は番組の中で発せられたものも含まれている、『やさしい夜遊び』については「噺家のような桑田節で、放送コードギリギリのワードを巧みに操り番組を盛り上げる」とPOPEYE 2020年11月号で紹介されている。 楽曲と同様にエロティックな要素のある発言も多く見受けられており、当初は言葉が出なかった時や、シリアスな生歌や話題の後に照れくさくなると放送禁止用語を唐突に発言することもしばしばあったが、現在はトークのスキルが上がったこともあり、番組内でそういった発言をする頻度は減少傾向にある。
○ 日本文化への造詣
桑田はれっきとした日本人であり、本人の口からも「やはり僕は日本人」「僕の中にあるのは、当然、日本人の情緒そのもの」と民族的立場を語っている。特に歌詞に対してソロの楽曲「影法師」は「トニー・ヴィスコンティ風の幻惑的なストリングス・アレンジをバックに、しかし描かれている世界は俳句のような日本的情緒を漂わせている」と高瀬康一に評価されており、原由子に提供した「京都物語」は「京都に久しぶりに行ったときに日本の文化の良さを再認識して、そういうことに触発されてできた」「原さんにぴったりな楽曲」と桑田自身が制作経緯と出来栄えを簡潔に語っている。音楽プロデューサーの亀田誠治はこのような姿勢をとる桑田を「『日本人である』っていうことを最大の武器にして音楽を作られてる方だと思いますね」と評し、歌詞について「すごく日本っぽいキーワードをたくさん使ってる」「日本っていう国が持つ文化とか日本民族の歴史みたいなものを、桑田さんはごく自然に音楽の歌詞としてまとめあげてるんじゃないかっていう気がするんですね」などと高く評価している。また、『桑田佳祐のやさしい夜遊び』でも日本の四季・風習や名所の魅力をリスナーから募集し、それを基に桑田が語る企画を度々実施している、そういった思いがあるゆえにビートルズなどの外国の文化への影響を受けている旨や日本的情緒を自身の音楽に積極的に取り入れていきたいことを語った上で「みんな日本人であることをもっと懐かしむべきだよ」と述べたり。2012年にベスト・アルバム『I LOVE YOU -now & forever-』の発売に伴い放送されたWOWOWでのインタビューで「今興味があるのは日本の『和』。そういったものをステージに取り入れられないかと考えているところです」と発言し、著書『やっぱり、ただの歌詩じゃねえか、こんなもん』でも「古の日本文化を、ステージなどに取り入れるのも有りだろう」と同年に開催された全国ツアーの演出案を語り、2015年のサザンの全国ツアー『おいしい葡萄の旅』で百人一首80番(待賢門院堀河作)を朗読するなどの言動がみられている。なお、現在でこそ世界平和や友好を訴え、グローバルな発展などを意識したメッセージを発信しているが、過去には1999年発売の著書『素敵な夢を叶えましょう』の中で「日本はもう一回鎖国したほうがいいんではないかとつねづね思っててさ(中略)だから、貿易は出島だけですればいい(笑)。そうしたら、もう少し日本人の有り様、文化の中身みたいなものを考えるのではないかと。街並みなどもふくめて、とにかく我々は行政などが絡んでくると日本のいいところを捨ててしまいがちな気がするんだ」「中途半端に国際化を唱えるんであれば、いっそのこと鎖国したほうが日本人のパーソナリティには、合ってるんじゃないのかな」といった独自の鎖国論を唱えた時期も存在している。また、2012年の全国ツアー『I LOVE YOU -now & forever-』で愛媛県松山市に滞在した際に道後温泉本館を訪れ、夏目漱石を偲んで作られた「坊つちやんの間」を見学した際には「現代のアートなんかでもそうだけど、相当、ぶっ飛んでるものだったんじゃないですかね、ある程度理解不能でも、民衆はそこが魅力でね、喰いついたに違いないと思うんですよ。日本人の言語感覚なり思考回路っていうか、僕は誇らしげに感じましたけどね」と発言している。 俳句や短歌も好んでおり、『桑田佳祐のやさしい夜遊び』では度々句会を開催し、番組側から指定された季語で季節折々に合わせた俳句や短歌をリスナーから募集した。 先述した「通りゃんせ」の歌詞に若宮大路の一・二・三の鳥居を登場させたり、両親や姉の墓参りも積極的に行っている。また、地元である茅ヶ崎では毎年夏に浜降祭が開催されており、サザン名義の「歌えニッポンの空」の歌詞のモチーフになったり、ソロ名義の「MY LITTLE HOME TOWN」で茅ヶ崎甚句の掛け声の音源をサンプリングしたり、2009年に海の家『夏倶楽部』で演奏した際はバックダンサーが法被を着用し小さな御輿を担いだり。また、サザン名義の「I AM YOUR SINGER」のMVで桑田を始めとしたメンバーが乗っていたカートには「浜降祭」と書かれたステッカーが貼られていた。ミニ・アルバム『ごはん味噌汁海苔お漬物卵焼き feat. 梅干し』を特集した『ROCKIN'ON JAPAN』2021年10月号では和室を背景に浴衣姿の桑田が表紙およびグラビアに登場した。桑田が理想とする和食のメニューとして飯、味噌汁、海苔、漬物、卵焼き、梅干しの6品を挙げている。これらは同ミニ・アルバムのタイトルやジャケットの由来にもなっている。 歌舞伎に対して興味を持っている。桑田は十八代目 中村勘三郎のファンであり、十八代目 勘三郎もサザンのファンであった。十八代目 勘三郎が特発性両側性感音難聴での療養をした際に桑田が手紙でエールを送ったことをきっかけに、双方の間では間接的な交流があった。2012年の全国ツアー『I LOVE YOU -now & forever-』ではオープニングで歌舞伎を意識した演出が取り入れられた。サザンの楽曲「恋のブギウギナイト」では歌舞伎の声ネタを意識したSEがラスサビ前の間奏で取り入れられている。 落語のファンであり、公言しているミュージシャンでは山下達郎やさだまさしと肩を並べる。桑田は落語の魅力を「人間の色気」と形容している。落語に存在する語感に親しみを持っている旨を語っており、歌詞に登場する粋な江戸言葉風のフレーズは落語からの影響が大きいのではないかといった指摘もされている。桑田が少年時代を過ごした昭和30年代から40年代は昭和落語の黄金期といわれており、さまざまなテレビ番組に出演していた落語家達は、当時の日本人には身近な存在だった、桑田を特集した「BRUTUS」2011年3月1日号では談志が出演した『落語のピン』のDVDを見ている旨を公言している。また、立川志の輔、三代目 桂春蝶、桂雀々らとの共演や交流があることが語られている。三代目 古今亭志ん朝、立川志の輔、桂吉弥、林家たい平、立川志の太郎、立川キウイ、立川志ららなどのようにサザンファンを公言している落語家も多く、特に三代目 志ん朝は自身の告別式の出棺の音楽にサザンの曲が使用されたほどであった。桂雀々は桑田の落語を演じる才能を高く評価する発言をしており、『波乗亭米祐』名義で独演会を開催することや新作落語を制作することを桑田にリクエストし、「影響力のある米祐師匠ですから、もっと多くの人に落語の面白さを広めて欲しいと願います」と持ち上げている。 2017年に桂雀々の落語会にゲストで出演していたブレイク前の六代目 神田伯山による講談を見たことを自身のラジオ番組で言及し高く評価した。当時桑田は長年メールでの親交がある太田光(爆笑問題)に伯山のことを教えており、後に太田と伯山は共演する頻度が多い間柄になった。
○ ボウリングへの関心
桑田は学生時代、父に教えてもらった影響からボウリングに傾倒する。憧れていたプロボウラーとして岩上太郎を挙げており、特に学生時代は岩上のフォームの真似を教室で披露したりもしていた。プロボウラーを目指していた時期があり、マイボールを保持しアマチュア公認の試合に出場していた。当時は毎週4ゲームずつ投げ、平均の点数は220点ほどあった。また、ボウリング場でアルバイトをしていた経験があり、レーンにオイルを引くなどして、客が来ない早朝には練習もしていた。しかし、ボウリングのレーンの規定などが変わってからフォームが決まらず、そこでプロボウラーになることを諦め、音楽に関心が移っていった。同年には自ら編集長に就任し『Sports Graphic Number』のボウリング特集号『Number PLUS 桑田佳祐×ボウリング特集』(文藝春秋、ISBN 9784160082311)を製作している。 2019年以降は自身の名を冠したボウリング大会『KUWATA CUP』を開催。 2020年1月31日、自身初となるパーフェクトゲームを達成した。
○ その他

・ お笑いや演芸が好きであることも知られており、自らもファンの笑いを誘う発言をステージでするほか、前述の通り落語への造詣が深いことが語られ、お笑い芸人や演芸関係者との親交も深い。また、島田洋七は漫才ブームのころにコンビニエンスストアでインスタントラーメンや弁当、お茶を手にした桑田と偶然遭遇し会話をしており、これがきっかけで桑田の人柄に好印象を持ち、サザンのアルバムを購入し車の中で好んで聴くようになった。
・ 福岡県を拠点に活動するサザンのトリビュートバンドであるKAWAMURA BANDの楽曲「君のメロディ」は、オリジナル曲でありながらも桑田の楽曲の作風を忠実に再現したものであった。
・ 有料配信でのバラエティ番組やドラマの鑑賞を好んでいる。アダルトビデオ鑑賞も趣味の一つであり、それを題材にした楽曲も制作されている。MVや雑誌で多くのAV女優と共演したほか、村西とおる監督の型破りな半生を描いた配信ドラマ『全裸監督』をNetflixで視聴したことも語っている、1993年に37歳を迎えてから本格的に始めた。パドルサーフィンも好んでいる。レコーディング中は鍋料理をよく作る。スタッフに手料理を振る舞ったこともあり、桑田が言うには「喫茶店風ナポリタン」をよく作る。
・ 食用きのこメーカーや識者の間では桑田はエリンギを日本の食卓に広めた人物と言われており、エリンギの人工栽培が開始された1993年当時は知名度も低く生産も伸びなかったが、桑田が『ミュージックステーション』2000年11月3日放送分でエリンギ料理にハマっていることを公言し、実物をポケットから出した場面が放送されると、エリンギの出荷量が一気に10倍になるなどの反響を呼んだ。
・ 中学生時代には同級生の家族が経営していた中華料理店のサンマーメンを好んで食べていた。また、2016年3月26日に『桑田佳祐のやさしい夜遊び』の企画で宮城県女川町を訪れた際に現地の飲食店「女川海の膳 ニューこのり」で食べたクジラの刺身を気に入っている。
・ かつてはヘビースモーカーだったが、1999年10月から禁煙。定期検診に通い、スタッフにも人間ドックへ行くことを勧める、暴飲暴食をしないなど、2010年の闘病以前から健康には気を使っていた。

◎ 人間関係

・ 同じサザンのメンバーであり、かつ妻である原由子にはミュージシャンとしても一人の女性としても頭が上がらないといい、度々敬意を示し感謝の言葉を述べている。
・ 同学年で長年親交がある世良公則とは双方が「戦友」と語るほどの仲であり、現在もメールでやり取りをしたり、桑田が世良の自宅を訪れたりするなどの交流が続いている。桑田は世良について「ライバルで戦友でもあり大好きな人」「同時期にデビューして、同じようなことで楽しんだり悩んだり、そういうことを共有できたライバルですよ」「いまでもたまに会うと、なんか兄弟と久しぶりに会うときのくすぐったさを感じる」と話している。また、桑田は世良を精神的支柱として頼りにしている旨を語っており、「僕はいじめられたら、世良くんのところに行こうと思って。『世良に言いつけるぞ』みたいな」といった発言もしている。桑田は後に「世良くんがいなかったら、出来なかっただろうなと思うんです」「世良公則さんとの友情がありまして。思いがけないささやかな友情から、楽曲ができました。ステキなミュージシャンと再会できまして、セッションできたこと、うれしゅうございました」と感謝の言葉を語っている。
・ 佐野元春とは1983年に『元春レイディオ・ショー』で共演して以来、渡米時のニューヨークの佐野の家を桑田が訪れたり、文通を行うなどの交流を行っている。
・ 桑田は同世代であるHOUND DOGに対して高い評価を与えており、1980年に『80's JAM』で共演した際のHOUND DOGの印象として「大友(康平)が客をノセるのが上手くてね」「ステージ裏から観ててアイツらには完全に食われそうでヤバいなと思ったんだけど、なるべく顔に出さないようにしてた」と語っている。現在もボーカルの大友康平とはメールや電話での交流を行っており、大友が「時代遅れのRock'n'Roll Band」のMVにドラマーとして出演したのは、桑田からの電話でのオファーがきっかけである。
・ 桑田は西城秀樹への尊敬の念を持っており『ひとり紅白歌合戦』で楽曲を度々カバーしたほか、1995年のサザンのライブ『ホタル・カリフォルニア』ではオープニング・アクトとして西城を出演させている。また、『Act Against AIDS 2018 平成三十年度 第三回ひとり紅白歌合戦』でも西城への追悼として「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」を歌唱した。二人とも同学年で野球やプロレス観戦という共通の趣味を持ち、草野球で対戦したこともある。また、松山は「時代遅れのRock'n'Roll Band」には参加していないが、前述した桑田と世良公則の会話の中ではメンバー候補の一人として話題に挙げられていた。
・ 鈴木雅之とは「ソウルメイト」と称するほどの仲であり、東京・赤坂の日枝神社で行われたラッツ&スターのメンバー5人の合同結婚式に桑田が出席したり、鈴木が『桑田佳祐のやさしい夜遊び』にゲスト出演するなどしている。
・ CHAGE and ASKAとはかつては『ミュージックステーション』などで共演し交流があった。桑田は現在もChageのことを気にかけており、楽曲を『桑田佳祐のやさしい夜遊び』でかけている。
・ 堺正章は鎌倉学園高等学校の先輩にあたり、サザンが「TSUNAMI」で『第42回日本レコード大賞』を受賞した際に共演している。桑田は堺への敬意から度々「あの時君は若かった」(ザ・スパイダース)や「さらば恋人」をカバーしている。また、桑田と長渕剛の間に確執が生じた際には「ボクは桑田クンのファンとしていえば、桑田クンは何も説明しなくてもいい、謝る必要なんてない」などと桑田の肩を持つ発言を行い、長渕をトーンダウンさせた。
・ 桑田は宇崎竜童を尊敬しており、宇崎をモデルにした「Hey Ryudo (ヘイ リュード)」がサザンの楽曲として存在するほか。また、2009年の『桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜』のアンプラグドライブ企画で同曲の替え歌をメンバー紹介を兼ねて歌ったり、山口百恵に提供した「プレイバックPart2」を『Act Against AIDS 2018 平成三十年度 第三回ひとり紅白歌合戦』でカバーするなどしている、デビュー後には宇崎が原由子に「うさぎの唄」という楽曲を提供するなどの交流が生まれている。
・ サザンのデビュー当時には内山田洋とクール・ファイブと音楽番組で共演する機会があり、桑田はその際に同グループのファンである旨をボーカルの前川清に直接伝えている。前川が桑田の人柄や音楽性に理解を示すようになってからは互いに楽曲をカバーするようになり。
・ 松任谷由実とは1986年と1987年に『メリー・クリスマス・ショー』で共演し「Kissin' Christmas (クリスマスだからじゃない)」を共作した。2009年5月に青山葬儀所で営まれた忌野の告別式には桑田・原夫妻が参列した。
・ アマチュア時代にサザンとして新宿ロフトでライブを行った際にもんたよしのりと共演し、「勝手にシンドバッド」に対して「あれは最高にいい曲やぁ」と高評価を受けた。後に桑田はもんたについて「部外者で最初に誉めてくれたのはあの人ね」と語っている。
・ サザンのデビュー当時には甲斐バンドとも接点があり、1978年7月23日に日比谷野外音楽堂で開催した甲斐バンドのコンサートにサザンがオープニング・アクトとして出演したほか、ボーカルの甲斐よしひろはデビュー前後から「勝手にシンドバッド」を高く評価する発言を当時自身が担当していたラジオ番組『甲斐よしひろの若いこだま』(NHK-FM)でしていた。
・ サザンとして出場した際の『NHK紅白歌合戦』では三波春夫と2回共演しており、特に2回目にあたる1982年の『第33回NHK紅白歌合戦』では桑田が三波を真似ながら「チャコの海岸物語」を歌い物議を醸した。しかしながら会場のウケは良く、得点集計コーナーで桑田と三波が並んだ際は客席から大爆笑が起こった。
・ 小林克也とは長年に渡り仕事やプライベートでの交流がある。
・ 中村雅俊と親交が深く、桑田が「マーマレードの朝」「恋人も濡れる街角」「ナカムラ・エレキ・音頭」を中村に提供したほか。なお、桑田は古くからの中村の大ファンであり、主演ドラマである『俺たちの旅』を熱心に見ていたことが語られている。
・ 桑田・原夫妻と山下達郎・竹内まりや夫妻は公私ともに長い家族ぐるみでの交流があり、山下・竹内の楽曲には後述のように4人でコーラスを入れたものが存在するほどである。
・ 桑田・原夫妻の長男や山下・竹内夫妻の娘と同じ学校だった縁から依布サラサおよび父親の井上陽水とも交流がある。特に依布は桑田のソロやサザンを問わずライブが福岡で開催されると会場に訪れたり、楽屋で挨拶をする関係になっている。
・ 生前の高橋幸宏と家族ぐるみでの交流があり、桑田の自宅に招いては酒を飲んだり、サイコロゲームをしたり、お互いに好きなビートルズの楽曲をセッションしたりするなどの仲であった。
・ 神木隆之介はかつて同じ事務所だったこともあり、子役時代から「彩 〜Aja〜」のMVへの出演やフェスでの共演などでサザンとの縁が深かった。桑田はaikoのことを「素晴らしい子です」と称える発言をしており、2013年に開催された『Act Against AIDS 2013 昭和八十八年度 第二回ひとり紅白歌合戦』ではaikoの楽曲「カブトムシ」をカバーしている。
・ サザンファンを公言する平井堅は大学生時代に、桑田の自宅の門の上に「コーラスでいいので雇ってください」という弟子入りを志願する趣旨のメッセージを入れたデモテープを置いていった経験がある。
・ フォークデュオのゆずは2人とも桑田の大ファンであり、ラジオ番組に「桑田さんとセッションがしたいです」と手紙を送ったところ、後日桑田は本当にゆずの路上ライブに出向き、3人でセッションをしたといわれている」のエンディングテーマとして使用することを許可したり、サザンのライブの打ち上げに参加させ、メンバー・大里洋吉・スタッフの前で落語を披露させたりしている。
・ 桑田はタモリ・ビートたけし・明石家さんまのいわゆるビッグ3全員に楽曲を提供した唯一のミュージシャンであり、それぞれと良好な関係を築いているが、特にタモリとは『今夜は最高』や『ミュージックステーション』などの番組で共演頻度が多く、音楽性を高く評価されている。
・ 桑田は嘉門タツオの芸名の名付け親であり、サザンやソロの楽曲を嘉門の持ちネタである替え唄メドレーに使用することも容認している。
・ 内村光良(ウッチャンナンチャン)とは1989年にフジテレビ系バラエティ番組『夢で逢えたら』に出演して共に出会い、以降共演の機会が多く、メールでの交流もある。
・ 爆笑問題とは1998年のサザン20周年記念特番『バカさわぎの腰つき』(TBS系列)及び『1998 スーパーライブ in 渚園』へのゲスト出演をきっかけに交流が始まり、特に太田光とはメールでのやりとりを行う間柄になっている。太田も桑田の新曲がリリースされると一曲ずつ丁寧に感想をメールで送っており、『桑田佳祐のやさしい夜遊び』で紹介されることもある。また、桑田はサザンの活動に関する重要な情報を解禁前に太田に教えることがあり、その代表的な例として2008年の無期限活動休止や2013年の活動再開の際のエピソードが双方の口から語られている。特に後者の情報が解禁された際に桑田は「今まで(発表できずに)苦しかったというか。みんな口堅いね。絶対バレると思ってたんですけどね。抜かれるだろうと」「爆笑問題の太田さん、黙っててくれてありがとう」と『桑田佳祐のやさしい夜遊び』でコメントした。
・同じ美容院に通っていることがきっかけで、サザンファンを公言するさまぁ〜ずと交流がある。三村マサカズは自身がデザインしたTシャツを桑田へプレゼントしたことがあり、サザンの映像作品にも桑田がそのTシャツを着た姿が映されている。また、桑田は『桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜』の収録中に前述の美容院の美容師を通して「なんかいいボケがないか、大竹ちゃんに訊いてくれる?」と尋ねたこともあったといい、収録では大竹一樹が提案したボケを行なったものの、オンエアではその部分がカットされたという逸話が存在する。
・ サザンファンを公言している伊達みきお(サンドウィッチマン)は『宮城ライブ 〜明日へのマーチ〜』のDVDを高く評価する発言をブログで行った。この記事は『桑田佳祐のやさしい夜遊び』2012年3月10日放送分で紹介されており、桑田・原夫妻も知っている。桑田は同年の全国ツアー『I LOVE YOU -now & forever-』セキスイハイムスーパーアリーナ公演でも前述の記事に言及した。伊達もブログの読者からのコメントを通してこのことを知っており、桑田と教えてくれた読者に感謝する発言を行った。なお、この時点では桑田とサンドウィッチマンは面識がなく、初めて共演したのはサザンが「究極の大トリ」として出演し、サンドウィッチマンが副音声で出演した2018年の『第69回NHK紅白歌合戦』だった。
・ 桑田はナイツのファンであることを『桑田佳祐のやさしい夜遊び』で公言しており、これがきっかけで「KUWATA CUP 2020」の実行委員会が同大会の公式アンバサダーをオファーした結果、ナイツが就任した。
・ 矢部浩之(ナインティナイン)やせいや(霜降り明星)のようにサザンファンを公言する著名人が結婚を発表した際には『桑田佳祐のやさしい夜遊び』で生歌を贈ったり祝福のコメントをすることがある。
・ 格闘家の角田信朗はサザンの大ファンであり、「桑田佳祐というアーティストの熱狂的な信者」を自認している。1996年のスタジアムツアー『ザ・ガールズ万座ビーチ』横浜スタジアム公演の楽屋で挨拶をして以来桑田とは交流があり、2000年の年越しライブ『ゴン太君のつどい』では客席で観覧していた角田を桑田が発見し、ステージに上げている。桑田は「サザンオールスターズ特別名誉会員」という称号を角田に与えている。また、桑田は角田の小説を愛読しており、その旨が『桑田佳祐のやさしい夜遊び』で語られていたことを知人から伝え聞いた角田は自身の小説と手紙をアミューズへ送った。後日、桑田はお返しとして万年筆と本への感謝の意を記したカードを送っている。この際に角田・河野夫妻は桑田の楽屋に通され挨拶を行っており。
・ 桑田は上沼恵美子の大ファンであり、YouTubeチャンネルを見ていることを公言し『桑田佳祐のやさしい夜遊び』でも「上沼恵美子は天才」と語っている。
・ 黒柳徹子とはTBSテレビ系の音楽番組「ザ・ベストテン」に、桑田がサザンの一員として出演して以来、親交が深い。サザンが2ndシングル「気分しだいで責めないで」で出演した際、桑田が歌の間に「ノイローゼ、ノイローゼ」と叫んでいたのを聞き、桑田への同情と司会者として出演者をかばわなければいけないという意識が働いたことにより、黒柳がとっさに「みなさま息子が失礼いたしました」と言えばいいと考え、それ以来桑田を「息子」と呼ぶようになり、桑田もその後黒柳を「お母さん」と呼ぶようになった。また、黒柳は原由子のことを「嫁」と呼んでいる。桑田はSMAPをリスペクトしており、SMAPの楽曲「夜空ノムコウ」「Dear WOMAN」を気に入って弾き語りでカバーしていた。なお、SMAPのマネージャーを担当していた飯島三智はサザンのファンである旨が語られている。
・ 玉井詩織(ももいろクローバーZ)は『週刊ナイナイミュージック』(フジテレビ系列)2023年10月11日放送分で『茅ヶ崎ライブ2023』終演後のサザンのメンバーと共演しており、先述の通り自身の名前の由来が「栞のテーマ」からきていることを桑田に直接伝えている。サザンのステージのアンコールで演奏された「勝手にシンドバッド」では同日の公演に出演したヤバイTシャツ屋さん、緑黄色社会、Creepy Nuts、WANIMA、THE YELLOW MONKEYらと共にももクロも登場した。なお、桑田はこのステージの締めのコメントを玉井に求めており、玉井はその際に号泣しながら「桑田さんのおかげで、詩織という名前になりました。ありがとうございます」と感謝の言葉を叫び、拍手喝采を浴びた。ちなみに、この時玉井は先述した野球帽を被って登場しており、桑田もももクロのグッズのTシャツを着用してアンコールに臨んでいた。
・ 野球選手では長嶋茂雄を敬愛している。青学時代には長嶋の引退試合を青山の喫茶店で見ており、一つの時代の終わりを感じたのと同時に長嶋の人生と桑田自身の人生を比較し、人目をはばからず号泣したと語っている。この思い出を基にサザン名義で「栄光の男」を制作している。このことを知った長嶋は桑田の人柄と功績を「素晴らしい。歌をはじめ、他の面においてもすごい方」と称えており、同楽曲に対しても「桑田さんの素晴らしい音楽に私の野球がいくらかでも貢献できたと思うと大変うれしい気持ちです」とコメントしている。また、桑田はイチローに対しても敬意を持っており、2019年のサザンの全国ツアーで同楽曲を演奏した際には、本人サイドの許可を得た上でバックモニターに長嶋とイチローの映像が映され、2人の功績を称える演出を行った。桑田は引退してからのイチローについて「マリナーズのみならず、草野球をやったり、アマチュアを指導するための研修を受けたり、今後、何を目指していくのかというこだわりも特別で、そういうところも素晴らしいじゃないですか」と語っている。また、落合博満に対して強い共感を示しており、落合の個人主義的な側面を称賛した上で「落合には共感するね。凄く分かるんだ。彼がやろうとしていることが凄く」「もし野球が出来なくなったらうちのサザンへいらっしゃい(笑)」と述べている。
・ プロサッカー選手の三浦知良とは、三浦が11歳年下で親交があり、2008年に日産スタジアムで開催されたサザンのライブ『真夏の大感謝祭』の最終日に開会宣言を行った経験もある。
・ プロレスのファンでアントニオ猪木を敬愛している。1982年に音楽番組「ザ・ベストテン」で初めて対面し、生放送中に得意技のコブラツイストをかけてもらった。また、猪木はサザン名義の「太陽は罪な奴」のミュージック・ビデオにも出演した。桑田はソロ・サザンを問わずライブ終了後に「1 2 3ダァ〜」を観客と斉唱するのを恒例にしている。猪木の死後開催された2022年の全国ツアー『お互い元気に頑張りましょう』で「Soulコブラツイスト〜魂の悶絶」が歌われた際には、間奏でプロレスラーを引退した際に語った詩を叫び、追悼とリスペクトを捧げている。インタビューなどで自身の音楽活動をプロレスに例えることもある。また、猪木以外にも団体や派閥を問わず様々なプロレスラーとの交流もあり、1989年には前田日明と『週刊プレイボーイ』(集英社)内で「平成元年大対談 前田日明VS桑田佳祐」と題した対談企画をした経験がある。2007年には「WONDA」(アサヒ飲料)のCMにおいて合成映像の中でジャイアント馬場と共演し、その際に馬場から16文キックを浴びせられた。
・ 漫画家のさくらももこは学生時代からのサザンファンであり、自身のエッセイには「たくさん持っているサインの中で一番の自慢は桑田さんのサインです」といった記述がなされている、逆に桑田もさくらから額に入った直筆の絵が多数送られ自宅に飾っている。桑田は2018年11月16日に青山葬儀所で営まれた「さくらももこさん ありがとうの会」に参列し、献歌として「100万年の幸せ」を歌っている。また、『平成三十年度 第三回ひとり紅白歌合戦』でもこの曲をさくらへの追悼として「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」(西城秀樹)とのメドレーとして歌唱した。
・ 桑田はデビュー当時からの沢口靖子のファンであり、現在も『科捜研の女』(テレビ朝日系)を視聴していることを『ポップス歌手の耐えられない軽さ』で語っている。沢口とは2001年に『桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜』で共演しており、鎌倉市で擬似デートを行う企画を行っている。
・ 和田アキ子は桑田の才能を認める発言を度々している。桑田も歌手としての和田に敬意を表しており、『ひとり紅白歌合戦』では毎回和田のことを『白組・和田アキ男』と紹介し、『ジョーズ』のテーマに乗せて着ぐるみ人形を登場させ、怪獣のような雄叫びをサンプリングし、桑田も歌唱中に「しばいたるぞ」などと和田の口調をものまねするなどし、和田の芸風・キャラクターを誇張させた演出をしたうえで楽曲をカバーしている。なお、これらの演出はすべて和田の了解を得たうえで行われている。
・ 女優の大空眞弓と交流があり、大空が葡萄の鉢植えを桑田のもとに送ってきたことがサザンの15枚目のオリジナル・アルバムのタイトルを『葡萄』にしたきっかけになった。
・ 生前の伊集院静とは面識こそなかったが手紙のやりとりをしたり、宮城県でのライブの際には伊集院から差し入れが届くなど間接的な交流があった。
・ サザンの名付け親である宮治淳一や「盆ギリ恋歌」の歌詞とMVに登場する同級生などのように、小中学校時代の同級生の一部とは現在も交流がある。桑田は母方の先祖のことを「かなり真面目で家系図がきれいなシンメトリックになっている」と語っている。
・ 父は上京後は映画好きだった影響からしばらく日本劇場で働いていた。その縁により当時映画製作が盛んだった茅ヶ崎市に移り住み、妻(桑田の母)と出会っている、妻と二人三脚でのバー経営と数々の職業を転々とした。また、真偽は明確ではないが小津安二郎の運転手をやっていた時期があることも示唆されている。なお、父は桑田と同様に歌が上手いことで有名だったことが語られており、父の真似をして歌っていたことが桑田が歌手を志すきっかけになったといわれる。
・ 姉のえり子とは腹違い(異母姉弟)であると桑田は述べている。
・ 著名な親戚として、石黒ケイ(歌手、女優)がいる。桑田はかつて「POPEYE」で担当していた連載『桑田佳祐のC調Interview』の第14回で石黒と対談したことがある。

● 来歴


◎ 生い立ち、学生・アマチュア時代
1956年2月26日に神奈川県茅ヶ崎市にて生誕した。 1962年に茅ヶ崎市立茅ヶ崎小学校に入学した。小学生時代から将来の夢として漠然と歌手になることを考えていたが、先生によっては通用しないと思い、建築家や弁護士になりたいと答えていたこともあったという。また、このエピソードは同郷の先輩の加山雄三も父を介して知っており、度々紹介することがある。 1968年に茅ヶ崎市立第一中学校に入学した。当時は野球部に所属しており、エースだった。同じ野球部にいたことがきっかけで宮治淳一との交流ができている。登校前の早朝には学校のすぐ隣にあったパシフィックホテル茅ヶ崎でボウリングを行っていた。 1971年に鎌倉学園高等学校に入学した。当時は友人と2人で「ボウリング部」を名乗りトレーニングや練習をやっていた。3年生になった1973年に宮治からのオファーにより神奈川県立鎌倉高等学校の文化祭(鎌倉高校祭)のロック・コンサートに出演、ビートルズの「マネー」とエルヴィス・プレスリーの「ブルー・スエード・シューズ」を披露した。これが桑田が人前で演奏した初めてのステージであった。本人によると3年生の時のみ勉強に集中しており、英語と日本史と国語を勉強していた。特に英語と日本史は自己採点の結果パーフェクトだったという。 1974年に5校の入試を受験した結果、最初に合格の通知の電話が来た青山学院大学に入学した、本格的にバンド活動を開始。「温泉あんまももひきバンド」「脳卒中」「ピストン桑田とシリンダーズ」「青学ドミノス」など、頻繁にバンド名の変更やメンバーチェンジを繰り返していたが、1976年ごろから宮治の命名により自身のバンドに“サザンオールスターズ”の名を使用したといわれるが、一方で軽い気持ちで「作詞家になる」と父に告げていたとも語っている。父は自身の経験から学生時代の桑田に喫茶店の学校に行ってバーテンダーの勉強をすることや自衛隊に入隊することを勧めていたという。これについて桑田は「今思うと、親父は僕のことをよく考えてくれていたんだなと思いますね」とインタビューでこのことを振り返った際に述べている。

◎ メジャーデビュー
1978年6月25日にビクター音楽産業より、サザンオールスターズとして「勝手にシンドバッド」でメジャーデビューを果たした。 1979年に桑田は青山学院大学を除籍となった。また、1982年に中村雅俊に提供した「恋人も濡れる街角」が50万枚近くの売り上げを記録し、1983年にはアミダばばあ & タケちゃんマンに提供した「アミダばばあの唄」が35万枚を売り上げた。

◎ KUWATA BAND結成、ソロデビュー
1986年から原が産休に入るため、サザンは活動を休止した。桑田は同年1月に結成したKUWATA BANDとして活動をした。活動期間は1年であり、シングル4作もヒットした。唯一のスタジオアルバム『NIPPON NO ROCK BAND』は、日本語詞中心に構成されたシングル曲は一切収録せず、全曲新曲の全英語詞アルバムになった。 1987年10月には「悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)」でソロデビューした。小林武史と藤井丈司が楽曲制作に参加し、プログラミングや打ち込み中心のポップス路線を展開。1988年には桑田・小林・藤井の共同プロデュースで1枚目アルバム『Keisuke Kuwata』を発売した。発売後は再びサザンとしての活動となった。1991年に入り、7月にサザンとして「ネオ・ブラボー」を発売後に桑田は小林を迎え、SUPER CHIMPANZEEを結成し、9月に「クリといつまでも」を発売した、12月にアクト・アゲインスト・エイズの一環でAct Against AIDS '93に出演するなど、チャリティー活動も行った。 1994年2月に母が心筋梗塞により60歳の若さで死去。このことは当時の作風に影響を与えている。8月には4枚目シングル「月」を発売し、9月には2枚目アルバム『孤独の太陽』を発売した。アルバムは前作とは異なり、楽器本来の音に着目したアコースティック(アンプラグド)・フォーク路線を展開した。4月からは現在も放送しているラジオ番組『桑田佳祐のやさしい夜遊び』が開始した。5月からはサザンとしての活動を再開した。

◎ ポップとロックの展開、フェスとの関わり
2000年10月にサザンの活動と並行して、桑田はフジテレビ系列で自身の冠番組となる『桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜』が開始し、11月にはパシフィコ横浜で『Act Against AIDS 2000 桑田佳祐が選ぶ20世紀ベストソング』も開催された。2001年に入り、桑田は完全にソロ活動に移行した。同年7月発売の6枚目シングル「波乗りジョニー」が110万枚、10月発売の7枚目シングル「白い恋人達」が120万枚を記録し、夏と冬のポップソングがヒット。12月にはクリスマスコンサートを開催するなど精力的に活動した。9月には6月に発売した8枚目シングル「東京」を収録した3枚目アルバム『ROCK AND ROLL HERO』を発売した。なお、11月から12月にかけて全国ドームツアーを開催している。2008年はサザンが30周年を迎えることもあり、再びサザンとして活動を始めた。

◎ 食道癌の治療、震災復興チャリティー、ソロ25周年
2008年5月、年中いっぱいでサザンが無期限活動休止をすることを発表し、8月にライブ『真夏の大感謝祭』を開催した。11月に桑田はソロで『Act Against AIDS 2008 昭和八十三年度 ひとり紅白歌合戦』を開催し、2009年以降からは本格的にソロ活動を再開した。桑田は4月から9月まで、『桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜』(レギュラー第2期)に出演した。番組が終了と共に10月から2010年10月に発売予定の4枚目アルバム『MUSICMAN』の製作に入り、12月には12枚目シングル「君にサヨナラを」を発売した。治療に専念することで音楽活動を休止し、10月発売のアルバム『MUSICMAN』は発売延期となり、その後のライブツアーも中止となった。8月に手術が無事に終了して退院した。直後に手術前から決まっていた通り13枚目シングル「本当は怖い愛とロマンス」を発売。10月にはアルバムのレコーディングを再開。12月には紅白歌合戦に特別枠として出演し音楽活動を再開させた。9月から12月の年越しにかけてアルバムを引っ提げ、全国ツアー『I LOVE YOU -now & forever-』を開催した。2013年3月に15枚目シングル「Yin Yang/涙をぶっとばせ/おいしい秘密」を発売。6月にサザンは35周年を迎え、バンドとしての活動を再開した。7月には商工会議所や同級生を始めとした地元有志の働きかけもあり茅ヶ崎市民栄誉賞を受賞した。なお、サザンの活動と並行しつつ、11月には『Act Against AIDS 2013 昭和八十八年度 第二回ひとり紅白歌合戦』を開催した。2016年2月に還暦を迎え、誕生日当日にはソロ名義の作品のダウンロード配信が開始された。6月に16枚目シングル「ヨシ子さん」を発売した。この楽曲はR&B・HIPHOP・ EDM・サブスクリプションなどの最先端の音楽用語に対応しきれず、サタデー・ナイト・フィーバー、ナガオカ針、演歌などを回顧するアナログ世代の悲哀ととれる内容になっている。そして、11月に17枚目シングル「君への手紙」を発売し、12月には年越しライブを開催した。7月にライブハウスイベントの開催、8月には「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2017」に出演した。直後に5枚目アルバム『がらくた』を発売。アルバムは35万枚を超えるヒットとなり、この年の男性ソロアルバムとして最大売上を記録。10月から12月にかけて、アルバムを引っ提げて、全国ツアー『がらくた』を開催し、大晦日には『第71回NHK紅白歌合戦』に中継で出場した。2019年に入り、サザンの全国ツアー『LIVE TOUR 2019 “キミは見てくれが悪いんだから、アホ丸出しでマイクを握ってろ” だと? ふざけるな』と並行して桑田佳祐 & The Pin Boys名義の活動を開始。1月にボウリングシングル「レッツゴーボウリング」の発売、2月に自身主催のボウリング大会「KUWATA CUP 2019」を開催した。「レッツゴーボウリング」に関しては、オリコンで1位を獲得したことにより、30歳代〜60歳代で1位を獲得した。この記録は史上初となる記録になった。同年12月にはサザンも含めて自身の楽曲全てがサブスクリプション型サービスでのストリーミング配信が解禁された。 同年7月に民放5局列による2020年東京オリンピック共同企画「一緒にやろう2020」のテーマソングを桑田が制作することが発表され、2020年1月に民放5局列で同時放送された番組内で「SMILE〜晴れ渡る空のように〜」が公開された。2月にはボウリングシングル2枚目となる「悲しきプロボウラー」が発売された。 2020年1月から2021年4月まで、『週刊文春』にて『ポップス歌手の耐えられない軽さ』のタイトルでエッセイの連載をした。 2021年3月に桑田にとって初となるブルーノート東京で無観客ライブを開催し、昨年のサザンの無観客ライブも合わせて通算3回目の無観客ライブとなった。ブルーノートは格式が高く、桑田はこの会場でのライブに憧れていたという。このライブから得た収益の一部は「Music Cross Aid ライブエンタメ従事者支援基金」を通じ、ライブエンタテインメント業界支援のために役立てられた。9月には自身初となるミニ・アルバム『ごはん味噌汁海苔お漬物卵焼き feat. 梅干し』が発売され、発売に先駆けて7月に「SMILE〜晴れ渡る空のように〜」、8月に「炎の聖歌隊 [Choir]」と「Soulコブラツイスト〜魂の悶絶」が配信シングルとして先行発売された。ミニ・アルバムはオリコン週間ランキングで1位を獲得し、男性ソロアーティストとして初となる5年代(1980年代〜2020年代)連続アルバム首位獲得を記録した。8月にはソロとして5年ぶりとなる「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2022」に出演予定であったが、出演3日前に新型コロナウイルスに感染したことをアミューズが発表し、出演見合わせとなり、後日『桑田佳祐のやさしい夜遊び』で代替企画を行った。11月にベストアルバム『いつも何処かで』が発売されたほか、11月から12月にかけて全国ドームツアー『お互い元気に頑張りましょう』が開催された。また、12月末には追加公演を横浜アリーナで開催、大晦日には「時代遅れのRock'n'Roll Band」で『第73回NHK紅白歌合戦』に事前収録という形で出演している。本作は元々『メリー・クリスマス・ショー』のために制作された楽曲で、今回のために新たにリメイクされた。シングルとして発売されたほか、同年の松任谷のコラボ・ベスト・アルバム『ユーミン乾杯』にも収録された。桑田と松任谷の楽曲での共演は『メリー・クリスマス・ショー』以来だったが、2019年の第69回NHK紅白歌合戦では究極の大トリとして出演したサザンのステージで「勝手にシンドバッド」を演奏中、松任谷が踊りながら飛び入り参加し、桑田と濃厚な絡みを見せるなど当時32年ぶりの共演をしていた。

● 使用機材


◎ エレキギター

◇ポール・リード・スミス スタンダード 24 :1996年のサザンのツアー『ザ・ガールズ万座ビーチ』から使用している。
◇ポール・リード・スミス S2 シングルカット スタンダード サテン :2011年の楽曲「それ行けベイビー」のMVや『宮城ライブ 〜明日へのマーチ〜』のアンコールで使用されており。
◇フェンダー・ストラトキャスター :2002年のソロアルバム『ROCK AND ROLL HERO』のレコーディング・セッションで使用した。
◇フェンダー・テレキャスター ペイズリー レッド 1968 :2011年3月5日に放送されたWOWOWのスペシャル番組「桑田佳祐『MUSICMAN』スペシャル」の中で「現代人諸君」を演奏した際などに使用した。
◇フェンダー・テレキャスター・カスタム :2002年のソロアルバム『ROCK AND ROLL HERO』のレコーディング・セッションで使用した。
◇フェンダー・カスタム・ショップ ストラトキャスター 1960 :2000年のサザンの楽曲「HOTEL PACIFIC」のレコーディング・セッションから使用している。
◇グレッチ キャデラックグリーン :『桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜』(フジテレビ系)2009年5月11日放送分第4回 「一日遅れの母の日スペシャル」で「東京だョおっ母さん」(島倉千代子)を歌唱した際に使用した。
◇ギブソン・ES-330 :2002年のソロアルバム『ROCK AND ROLL HERO』のレコーディング・セッションで使用した。
◇ギブソン・ES-335 :熊坂出監督作品『茅ヶ崎物語 〜MY LITTLE HOMETOWN〜』にて使用した。
◇ギブソン・レスポール スタンダード :2005年に開催したサザンの全国ツアー『みんなが好きです』、後者はピックガードがある仕様になっている。
◇ギブソン・レスポール・カスタム :2002年のソロアルバム『ROCK AND ROLL HERO』のレコーディング・セッションで使用した。
◇エピフォン・カジノ :2002年のソロアルバム『ROCK AND ROLL HERO』のレコーディング・セッションで使用した。『Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ 2011』に出演し、ビートルズの楽曲を演奏した際にもこのギターを使用している。
◇PGM テレキャスター カスタムタイプ :埼玉県のギター工房『PGM』で桑田のオリジナルモデルとして複数種製作されている。後に同様のデザインで『KK』シリーズと題して市販化され、ファンの間で話題となり、さらにその垣根を超えてファンならずとも愛好家の多いモデルとして隠れたヒット商品となっている。
◇アイバニーズ LGB30 ナチュラル ジョージ・ベンソンモデル :2020年にサザンとして横浜アリーナで開催された無観客年越しライブ『Keep Smilin’〜皆さん、お疲れ様でした 嵐を呼ぶマンピー〜』や2021年の全国ツアー『BIG MOUTH, NO GUTS』など複数のライブで使用され、特に後者では映像作品のジャケット写真としてこのギターを弾いている姿が使われている。

◎ アコースティックギター

◇ギブソン・J-200 :1996年のサザンのアルバム『Young Love』のジャケット写真や2002年の楽曲「ROCK AND ROLL HERO」のMVに登場している。また、同名のアルバムのレコーディング・セッションでも使用されている。
◇ギブソン・J-160E :2001年に開催された『Act Against AIDS 2001 桑田佳祐 plays "The Beatles" クワガタムシ対カブトムシ』にて使用。ジョン・レノンが使用していたものと同型であり、アタッチメントも付いている。2002年のソロアルバム『ROCK AND ROLL HERO』のレコーディング・セッションでも使用した。
◇ギブソン・ダヴ :2002年のソロアルバム『ROCK AND ROLL HERO』のレコーディング・セッションで使用した。また、2007年の楽曲「風の詩を聴かせて」のジャケットと同じシチュエーションで撮影された写真で使用され、翌年に沖縄県石垣市で開催された『桑田佳祐 アコースティックライブ in 石垣島』の告知用フライヤーやネット記事などでもこの写真が掲載されている。また、同曲のCD盤のジャケット裏にも海を背景にこのギターを弾く姿の写真が使用されている。
◇ギブソン・ダヴ アーティスト :ギブソン・ダヴと異なりピックガードに鳩が象嵌されていない仕様になっている。サザンの楽曲「彩 〜Aja〜」や「東京VICTORY」のMVおよび『ヨシ子さんへの手紙 〜悪戯な年の瀬〜』や『この夏、大人の夜遊び in 日本で一番垢抜けた場所』などの複数のライブでも使用されている。
◇ギブソン・ハミングバード MVS :2005年に開催したサザンの全国ツアー『みんなが好きです』や2008年に沖縄県石垣市で開催された『桑田佳祐 アコースティックライブ in 石垣島』および2007年の楽曲「明日晴れるかな」「風の詩を聴かせて」のMVで使用している。
◇K.ヤイリ BL-150SP :「パワーがあるが取り回しがしやすく、オールマイティに使えるギター」という要望のもと製作された。2002年にはソロアルバム『ROCK AND ROLL HERO』のプロモーション用の写真としてこのギターを爪弾く姿を写したものが撮影された。
◇マーティン HD-28V :2008年に日産スタジアムで開催されたサザンのライブ『真夏の大感謝祭』から使用されている。

◎ エレキベース

◇フェンダー・プレシジョンベース :2002年のソロアルバム『ROCK AND ROLL HERO』のレコーディング・セッションで使用した。
◇フェンダー・ジャズベース :2002年の楽曲「素敵な未来を見て欲しい」のレコーディングにて使用するが、途中で後述のゾン ソヌスに持ち替えている。
◇ゾン ソヌス :2002年の楽曲「素敵な未来を見て欲しい」のレコーディングにて使用した。 東日本大震災発生時やコロナ禍などにおいて音楽活動を通じて人々に寄り添い社会的貢献を行う姿勢への評価も高く、ソロ・サザンを問わず多くのライブの舞台監督を担当している南谷成功は桑田の行動力を「東日本大震災のときも今回のコロナ禍も、真っ先に旗を揚げて駆けつける。(サザンとして行った2020年の無観客配信ライブで演奏された)『東京VICTORY』で一緒に拳を突き上げていたとき、僕も含めてみんな嬉し泣きしていました。僕たちはついていくばかりですけど、全力でサポートしたいといつも思っています」と語り高く評価している。 性格に関しては「実はいい人」「とにかくおとなしい真面目な人」「真面目に年齢を重ねた常識人」と評されており、三枚目を装うパフォーマンスが散見されるが、これらは照れ隠しであることが指摘されている。様々なミュージシャンが不倫や女性問題などのスキャンダルを起こす中で、桑田・原夫妻はそういったものとは無縁であり、双方が敬意を持って家庭や音楽と向き合っている面も高く評価されている。また、ソロ活動が活発になってもメンバーを見捨てない桑田の姿勢は武田鉄矢(海援隊)と肩を並べて評価されている。音楽プロデューサーの酒井政利は「原坊はもちろんのこと、メンバーもスタッフもそんな桑田の人となりに惹き付けられて、サザンオールスターズを楽しんでいるように見える」と評している。また、音楽評論家のスージー鈴木も「ワンマンバンドって、だいたい早く潰えるんですよね。桑田佳祐というリーダーがいて、(2018年の時点で)40年続けているというのはすごいことです」「メンバーの和気あいあいとした姿を見るにつけ、桑田はリーダーでありながら上から目線にならない"ムードメーカー"なのでしょう」と語っている。また、同郷の先輩の加山雄三は桑田の人柄を「本当にいいやつ。心が素晴らしいから、あんなスケベな曲が作れるんだよ」「世界に誇れるアーティスト。『THE 夢人島 Fes.2006』で奴は、俺の曲を全部知っててギターを弾くわ、コーラスまで付けてくれた。それでいて謙虚で、さすが我が後輩」と評価している。 チーフマネージャーから若手スタッフまで幅広い関係者から意見を募ったり、食事に連れて行ったりするなど面倒見がいいことでも知られる。2002年のソロアルバム『ROCK AND ROLL HERO』のレコーディング日誌にも「今日はこのくらいにして、みんなでごはんでも食べに行こうか?」とメンバー、スタッフを食事に誘う場面が記録されている。先述した「桑田佳祐 & SUPER MUSIC TIGERS」にベーシストとして参加した経験がある亀田誠治は桑田の人付き合いの良さについて「この人、音楽が好きなんだなあって思いましたね。そして人を楽しませる音楽を作るためには、まず一緒に音を出す仲間を大事にしなきゃいけないってことを肝に銘じてるんだなって」「桑田さんくらいのレベルになっても、こうやって1つのステージを作るために、みんなが1つになるためにこんなに心配りをし、こんなに努力をするんだっていう」「偉そうにしている姿なんて見たことないですね。僕らに対してもスタッフさんに対しても。実るほど頭を垂れる稲穂かな、じゃないですけど、決して偉ぶらないし音楽一筋にかけている感じが強くて。もう国宝って言っていいんじゃないかな(笑)」と評している。 ファンへの対応も評価されており、チーフマネージャーの話によると、桑田をはじめとしたサザンのメンバーは全員ファンレターにはすべて目を通しており、返信ハガキが同封されたものは時間が許す限り返信を書いている。 サザンのメンバーでかつ妻であり、楽曲提供を多く受けている原由子は桑田のことを「いまだにレコーディングの度に、こんな引き出しがあったんだとびっくりさせられる、とてつもない才能の持ち主」「私では思いつかないようなアイデアもいっぱい出してくれるので刺激になります」と評しており、「私はずっと桑田の音楽の大ファンなんです」と語っている。また、原は自身のベストアルバム『ハラッド』の制作の際、ソロ・サザンを含めたこれまでの作品を振り返り、「桑田にいい曲をいっぱい作ってもらったんだ」ということを感じ、涙が止まらなくなったという。 元サザンのメンバーの大森隆志は桑田のことを「あれだけバラエティに富んだ楽曲を生み出せるミュージシャンは他にいない」と評している。 同郷の先輩の加山雄三は「茅ヶ崎出身で世界に通用するのは桑田君しかいない」「世界に誇れるアーティスト」と桑田の才能を高く評価する発言を度々している。また、白色にペイントされたモズライト・ギターを桑田に贈呈したエピソードや、2014年秋に加山が旭日小綬章を受章した同じタイミングで桑田も紫綬褒章を受章しており、電話で互いの栄誉を称え合ったエピソードもある。また、桑田のソロアルバムの中では『孤独の太陽』が好きであり、その中でも「漫画ドリーム」を特に気に入っている。桑田も桜井のことを「個人的に日本で一番才能があるライターでありシンガーです」と高く評価している。桑田もスピッツの才能を認めており、『Act Against AIDS 2008 昭和八十三年度 ひとり紅白歌合戦』では「ロビンソン」をカバーしている。 R-指定(Creepy Nuts)はサザンおよび桑田ソロの楽曲を愛好しており、桑田の音楽性を「最初は普通に音楽を楽しんでたんですけど、いま聞くと、もうあの人は表現がラッパーなんですよね」「めっちゃ韻踏んでたりとか、言葉を詰めるとか、日本語の発音を耳障りが良いように崩すとか、あの人の歌い方がなかったら日本語でラップするのは難しいんじゃないかなって思うくらい(笑)」と評価している。また、いとうせいこうは「サザンがいなければ、桑田佳祐がいなければ、桑田佳祐の歌唱法や作詞法がなければ、日本語でラップをできるとすら思わなかった」と語っている。 坂本冬美は元々は音楽への興味の中心はポピュラー音楽よりも演歌だったが、中学生時代からは初恋の相手の影響でサザンの楽曲にも関心を示すようになった。当時のことを「ハスキーな歌声がせつなくて、そのときは歌詞の深い意味まではわからなかったけど、胸にキュンときたのを覚えています」と回想している。 AIは学生時代からサザンおよび桑田ソロの楽曲を聴いていたといい、その魅力を「独特のちょっとかすれた声もそうですが、歌詞や言い回しが凄いしかっこいい」と語り、「エロティカ・セブン」などのエロティックな楽曲がヒットしたことに対しても「すごいとしか言いようがありません」と評した。また、メッセージ性が強い楽曲の歌詞に対しても高い評価を与えており、特に「Missing Persons」の『Megumi, come back home to me.』の部分に対して「私には絶対に書けません。共感できると同時に、みんなでどうにかしようという気持ちが伝わって来ます」と語っている。 桑田のメッセージ性が強い楽曲の歌詞に関しては、シンガーソングライターの佐藤龍一も『桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜』第2期最終回で演奏された「漫画ドリーム09」のウイグルでの事件に触れた部分を高く評価しており、作詞をした桑田やこの場面を放送した『音楽寅さん』のスタッフの英断を称える発言を自身のブログで行った。 前川清は桑田の楽曲について「あの人のメロディーというのは、予測つかないです」「聴いててうれしくなるんです。ゾクーっときますよね」「ご自分しか歌えない歌というのも、けっこうありますよね。そういうところもおもしろいんだよなぁ」と評価しており、カバーすることに対しても積極的な姿勢を示している。 山崎まさよしは桑田について「引っかかりのある言葉でいい曲を作るから、尊敬する」と語っている。 藤井フミヤは桑田について「誰も敵わないと思う」「昨日、たまたまなんだけど、ラジオを聴いていたら、桑田さんの曲を何人かのアーティストが歌っていたのよ。別に届いてこないんだよね、歌詞もメロディも。ところが、桑田さん本人が歌うと、ドーンってくるじゃん。やっぱり、すごいなぁと思い知らされたね」「オレ、キングオブポップは桑田佳祐さんだと思ってる」と述べ敬意を払っていることを明かしている。 韓国のシンガーソングライターで9人組ガールズグループNiziUの総合プロデューサーのJ.Y. Parkことパク・ジニョンは桑田の音楽性を「桑田さんは本物のソウルを持っていて、アメリカのアーティストに比べて全然劣らないと思います」と評価しており、「一番好きな日本のアーティストです」と語っている。 ビートたけしはミュージシャンとしての桑田の才能を「大した天才だと思う」と評価している。また、桑田も芸人としてのたけしを認めている。ファンや識者の間では桑田とたけしに関して照れ隠しなどが混じった人柄や芸風の共通点を指摘する意見も存在している。この関係性を知らない者からは映画『稲村ジェーン』に関する論争の影響で現在も桑田とたけしが不仲であると誤解されたことも度々あり、たけしは「桑田佳祐の映画でいろいろあったのなんて、もうずいぶん昔のことなんだよ。もしも仲が悪かったら映画『浅草キッド』の主題歌に桑田佳祐の曲を使ったりしないだろう」とコメントしている。 内村光良(ウッチャンナンチャン)は桑田を「繊細な方」「あんなにスターなのに、全然スターに見えないというか、なにも飾らないし、本当に気さくな方」と評価している。 太田光(爆笑問題)は自身の人格形成に影響を与えた人物として桑田、ビートたけし、カート・ヴォネガット、立川談志、植木等、チャールズ・チャップリンといった6人の名前を挙げている。2023年のインタビューでは、桑田の多作ぶりを「『桑田佳祐はまだこれから』と僕は思ってます。もう曲が出尽くしたと思っても、また名曲を生み出す人。未来が本当に楽しみです」と語り称賛している。また、2015年には自身のラジオ番組『爆笑問題カーボーイ』(TBSラジオ)で桑田の影響力を「桑田佳祐がどんだけ、どんだけ日本を明るくしたか。どんだけ日本人を勇気付けて来たか」と力説している。また、太田の相方である田中裕二も桑田の人柄を「本当に優しくて気を遣ってくれて、腰が低い。本当にそこが尊敬する」と称えている。 デビュー当時からのサザンファンであり、晩年には桑田との交流もあった漫画家のさくらももこは、ミュージックビデオ集『MVP』のリリース時に「桑田さんて若い頃から現代に至るまでゆるぎない特別な才能があり、いかにたくさんの人々を魅了してきたか、私もサザンのデビューの頃から魅了されっぱなしですが、人生の思い出と共に桑田さんの歌があり、桑田さんが居なかったら今の文化はひとつの大きな趣を味わえなかったと思います」と自身のブログで発言した。 酒井若菜は桑田の存在を「桑田さんの声と音と言葉をリアルタイムで触れることのできる時代に生まれたことは、私の誇り」「なんであんなに人を元気にできちゃうんだろ しかも日本全国を しかもこんなに長く」と語っている。 西内まりやはかつて『共演してみたい憧れのアーティストベスト3』として桑田、長渕剛、テイラー・スウィフトの名前を挙げていた。 作家の百田尚樹はソロ・サザンを含め2度ライブを観覧した経験があり、桑田、中島みゆき、松任谷由実の才能を高く評価する発言をしている。 落語家の三代目 桂春蝶は桑田のことを「日本の誇り」「国の宝」「一番死んでほしくないひと」「一生応援いたします」「これからも日本を明るく照らし続けてほしいです」と自身のブログで語るほど尊敬している。 スージー鈴木は「あくまで個人的意見として、日本の“ロック人”を3人に絞るとすれば、吉田拓郎、矢沢永吉、桑田佳祐。そして、たった1人選ぶとすれば――桑田佳祐」と論じている。 2003年にHMVが発表した『邦楽アーティストの重要な100人(Top 100 Japanese pops Artists - No.1)』の12位に選ばれ、サザンは同チャートの1位に選出された。 2012年3月にgooが発表した「国歌斉唱、聴きたい男性歌手は?」と題したランキングで11位(668票)を獲得している。 2007年・2008年にオリコンが調査した“父親にしたいと思うアーティスト”にて総合1位を獲得、2007年に調査した“夏のバラードが似合う男性アーティスト”や“イケてる夏ダディ”でも全世代で1位を獲得している。 2014年の明治安田生命保険のアンケートで、「理想の有名人夫婦」ランキングの3位に桑田・原夫妻が入った。

● 栄典・受賞


◎ 栄典

・ 2013年 - 茅ヶ崎市民栄誉賞
・ 2014年 - 紫綬褒章。 2014年秋に紫綬褒章を受章した際には驚きながらも「身に余る光栄」と語り、褒章を『高貴な章』と称え、ファンや自身の音楽性に影響を与えた音楽家への感謝の念と世界平和への願いを述べた。妻の原を伴って出席した伝達式では報道陣から声をかけられ、桑田は「大変ありがたいと思っております」と緊張の面持ちで答え、原は柔らかな微笑みをたたえていた。午後には他の受章者と共に皇居を訪れて当時の天皇明仁に拝謁した。同年のサザンの年越しライブでは実物を観客に向けて披露し、受章への喜びやメンバー、スタッフ、ファンへの感謝を綴った黒沢明とロス・プリモスの「ラブユー東京」の替え歌「ラブユー褒章」を歌った。普段は褒章は神棚に保管していることが桑田によって言及されている


◎ 日本ゴールドディスク大賞

    2002   波乗りジョニー   ソング・オブ・ザ・イヤー
  白い恋人達   ソング・オブ・ザ・イヤー
    2003   東京   ソング・オブ・ザ・イヤー
  ROCK AND ROLL HERO   ロック&ポップ・アルバム・オブ・ザ・イヤー
  TOP OF THE POPS   ロック&ポップ・アルバム・オブ・ザ・イヤー
  2008   明日晴れるかな   シングル・オブ・ザ・イヤー
  2023     特別賞



◎ SPACE SHOWER Music Video Awards

  2002   白い恋人達   BEST MALE VIDEO
  2003   東京   BEST VIDEO OF THE YEAR
  2010     特別賞
  2017     BEST ACHIEVEMENT ARTIST


◎ ザテレビジョンドラマアカデミー賞

  2007   明日晴れるかな    ドラマソング賞
  2013   Yin Yang
  2017   若い広場



◎ その他の賞

◇ミュージック・ジャケット大賞 :大賞『MUSICMAN』(2011年)
◇日本プロ音楽録音賞 :最優秀賞「ハダカ DE 音頭 〜祭りだ Naked〜」(2011年)
◇CDショップ大賞 :マエストロ賞『がらくた』(2018年)
◇日本ボウリング場協会賀詞交歓会

● 記録
※この記録は全てオリコンによるものである。
・ グループとソロプロジェクトの両方のシングル・アルバム総売上が1000万枚を超えているのは桑田のみである。
・ ボーカリスト別売上では、B'zの稲葉浩志(8523万枚)に次いで歴代2位(6525万枚)を記録している(2016年現在)

◎ シングル記録

・ シングル総売上枚数:684.9万枚(2019年9月現在)
・ 年齢4年代連続シングル1位獲得:歴代1位(30代〜60代)
 ・ 30代「真夜中のダンディー」
 ・ 40代「波乗りジョニー」「白い恋人達」「東京」
 ・ 50代「明日晴れるかな」「風の詩を聴かせて」「ダーリン」「君にサヨナラを」
 ・ 60代「レッツゴーボウリング」

◎ アルバム記録

・ 5つの年代(1980年代 - 2020年代)でアルバム首位獲得(歴代1位タイ)
 ・ 1980年代:『Keisuke Kuwata』
 ・ 1990年代:『孤独の太陽』
 ・ 2000年代:『TOP OF THE POPS』
 ・ 2010年代:『MUSICMAN』『I LOVE YOU -now & forever-』『がらくた』
 ・ 2020年代『ごはん味噌汁海苔お漬物卵焼き feat. 梅干し』『いつも何処かで』
・ 年齢4年代連続アルバム1位獲得:歴代1位タイ

◎ 映像作品記録

・『昭和八十八年度 第二回ひとり紅白歌合戦』は、男性ソロアーティストとして初のDVD・Blu-ray総合1位を獲得した作品。
・ キャリア30年3か月でDVD・Blu-ray映像作品ランキングの首位獲得でソロアーティスト歴代1位(2018年1月現在)。
・ ソロアーティストによる「ミュージックDVD・Blu-ray Disc通算1位獲得作品数」:歴代1位(6作、2023年5月現在)。

● ストリーミング認定
2019年12月20日、各配信サイトにてこれまでの全シングル・アルバムのサブスクリプション配信が開始した。日本レコード協会でストリーミング認定された楽曲は下記の通り。
    「白い恋人達」   ゴールド認定(2023年1月)
  プラチナ認定(2024年9月)
  「波乗りジョニー」   ゴールド認定(2023年4月)
  「明日晴れるかな」   ゴールド認定(2023年10月)


● 作品
※桑田佳祐名義で発売された作品のみ記載する。

◎ シングル

   「初週売上」「順位」は「オリコン週間シングルランキング」の記録に準じる。
太字の「順位」はオリコンによる累計売上枚数がミリオンセラーを示す    
  12cmCD   VICL-35300
  7     2001年10月24日     EP   VIJL-60090     52.0万枚
  12cmCD   VICL-35330
  8     2002年6月26日     EP   VIJL-60095     3       ROCK AND ROLL HERO
  12cmCD   VICL-35380
  9     2007年5月16日     EP   VIJL-60600     16.8万枚     I LOVE YOU -now & forever-
    12cmCD   VICL-36600(初回盤)
  VICL-36601(通常盤)
  10     2007年8月22日     EP   VIJL-60800     9.3万枚
  12cmCD   VICL-36800
  11     2007年12月5日     EP   VIJL-60900     9.4万枚
    12cmCD   VIZL-371(初回盤)
  VICL-37100(通常盤)
  12     2009年12月9日     EP   VIJL-62000     7.1万枚     MUSICMAN
    12cmCD   VIZL-380(初回盤)
  VICL-37200(通常盤)
  13     2010年8月25日     EP   VIJL-60500     11.0万枚     I LOVE YOU -now & forever-
    12cmCD   VIZL-570(初回盤)
  VICL-37500(通常盤)
  15     2013年3月13日     EP   VIJL-61200     6.9万枚     3位     がらくた
  12cmCD   VICL-37400
  16     2016年6月29日       12cmCD   VICL-37900(初回盤)     8.1万枚     2位
  VICL-37901(通常盤)
  2016年7月27日     EP   VIJL-61600
  17     2016年11月23日     VIJL-61700     7.0万枚
    12cmCD   VICL-38200(初回盤)
  VICL-38201(通常盤)


◎ 配信シングル

   「初週売上」「順位」は「オリコン週間デジタルシングル(単曲)ランキング」の記録に準じる。
発売日 タイトル 初週売上 順位 収録アルバム
1   2021年7月12日 SMILE〜晴れ渡る空のように〜   2.3万DL       ごはん味噌汁海苔お漬物卵焼き feat. 梅干し
2   2021年8月11日 炎の聖歌隊 [Choir]   1.0万DL  
3   2021年8月30日 Soulコブラツイスト〜魂の悶絶   1.0万DL  


◎ オリジナル・アルバム

   「初週売上」「順位」は「オリコン週間アルバムランキング」の記録に準じる。
発売日 タイトル 形態 規格品番 初週売上 順位
  1     1988年7月9日     LP   VIH-28333      
  CT   VCF-10360
    CD   VDR-1520
  1992年6月27日   VICL-8061
  2001年6月25日   VICL-60804
  2     1994年9月23日     CT   VITL-132
    CD   VICL-555
  2001年6月25日   VICL-60806
  3     2002年9月26日     LP (2枚組)   VIJL-60101〜60102    
  CD   VICL-60920
  4     2011年2月23日     LP (2枚組)   VIJL-60700〜60701     27.3万枚
    CD   VIZL-1700(初回盤A)
  VIZL-1701(初回盤B)
  VIZL-1702(初回盤C)
  VICL-65000(通常盤)



◎ ベスト・アルバム

   「初週売上」「順位」は「オリコン週間アルバムランキング」の記録に準じる。
太字の「順位」はオリコンによる累計売上枚数がミリオンセラーを示す  
  3     2012年7月18日     CD(3枚組)   VIZL-640(初回盤)     43.2万枚     3位
  VIBL-580(初回盤)
  2011年11月23日   Blu-ray   VIXL-300    
    2013年3月13日       DVD   VIBL-900〜901(通常盤)     3位
  VIZL-900(初回盤)
    Blu-ray   VIXL-400〜401(通常盤)     2位
  VIZL-901(初回盤)
    2014年3月12日     DVD(2枚組)   VIBL-1200〜1201   2.0万枚     2位
  VIZL-1901(初回盤)
    Blu-ray   VIXL-1000(通常盤)     1.9万枚    
  VIZL-2101(初回盤)
    Blu-ray   VIZL-2100(通常盤)     2.2万枚
  VIZL-2501(初回盤)
    Blu-ray   VIXL-1500(通常盤)     2.9万枚
  VIZL-2701(初回盤)
    Blu-ray   VIXL-1600(通常盤)     3.1万枚   2位  
  桑田佳祐&His Friends   2012年7月18日   -   -   -   -  
  竹内まりや   2014年7月23日   CD   WPCL-11929(MOON ⁄ WARNER MUSIC JAPAN)     10位   コーラス
  桑田佳祐 feat. 佐野元春, 世良公則, Char, 野口五郎   2022年5月23日     配信     -   2.1万DL     1位  
    桑田佳祐&松任谷由実   2023年11月27日     1.7万DL     上述、「Kissin' Christmas (クリスマスだからじゃない)」のリメイク版。
CDの初回プレス分のみ紙ジャケット仕様、“仲良くしようよクリスマス・ステッカー”封入。
  2023年12月20日   CD   VICL-38800   2.4万枚   3位
  2024年2月14日   EP   VIKL-30120   -   -

○ アルバム

アーティスト名 発売日 タイトル 形態 規格品番   順位
  嘉門雄三   1982年3月2日   LP   VIX-1001   8位

○ アルバム(参加)

アーティスト名 発売日 タイトル 楽曲 形態 規格品番 順位 備考
  山下達郎   1988年10月19日   蒼氓     CD   38XG-3(MOON RECORDS)   1位    コーラス
  山下久美子   2000年6月25日   バスルームから愛をこめて   TOCT-24361(東芝EMI)   29位
    松任谷由実     2023年12月20日       Kissin' Christmas (クリスマスだからじゃない) 2023   CD+Blu-ray   UPCH-29465(EMI Records)     2位     デュエット
  CD+DVD   UPCH-29466(EMI Records)
  CD   UPCH-20663(EMI Records)


◎ 著書

・ 『ただの歌詩じゃねえか、こんなもん』(エッセイつき歌詞集、1984年、新潮社)ISBN 4101353018
・ 『ケースケランド』(1984年、集英社)ISBN 4087800792
・ 『ロックの子』(1985年、講談社)ISBN 4062017172
・ 『ONGAKU BAKADAISHO NO BOKEN』(1987年、扶桑社)ISBN 4893531255
・ 『ブルーノート・スケール』(1987年、ロッキング・オン)ISBN 4947599138
・ 『ただの歌詩じゃねえか、こんなもん'84-'90』(上述の同名作品の続編、1990年、新潮社)ISBN 4101353026
・ 『桑田佳祐の「平成NG日記」』(映画「稲村ジェーン」の撮影日誌、1990年、講談社)ISBN 4061723375
・ 『素敵な夢を叶えましょう』(1999年、角川書店)ISBN 4048836021
・ 『やっぱり、ただの歌詩じゃねえか、こんなもん 桑田佳祐 言の葉大全集』(上述の同名作品の続々編、2012年、新潮社)ISBN 9784103328315
・ 『ポップス歌手の耐えられない軽さ』(上述の『週刊文春』の連載に加筆修正を施したもの、2021年、文藝春秋)ISBN 4163914498

● 提供作品


◎ プロデュース作品

・ 西慎嗣&ロード・ロード・ローディ・ミス・クローディ・グループ
 ・ アルバム『NISHI.』

◎ 楽曲提供

  中村雅俊  マーマレードの朝  作詞・作曲  1980
 恋人も濡れる街角   作詞・作曲   1982
 ナカムラ・エレキ・音頭
 スペクトラム  MOTION  作詞  1980
  Lord,Lord,Lawdy Miss Clawdy Group  すてきなトランスポーテイション  作詞・作曲   1980
 Spin Love  作詞
 シュールなるなぎさ1963  作曲
   タモリ  狂い咲きフライデイ・ナイト    作詞・作曲    1981
 スタンダード・ウイスキーボンボン
   高樹澪  恋の女のストーリー    作詞・作曲    1981
 MIO-SUN
   原由子  I Love Youはひとりごと    作詞・作曲    1981
  My Baby Shines On Me
  がんばれアミューズ    作詞・作曲
  いにしえのトランペッター
  Last Single X'mas
 恋は、ご多忙申し上げます    作詞・作曲    1983
 Rimbaud(ランボオ)
 横浜 Lady Blues
 新・野毛山模様  作詞・作曲
 女優  作詞・作曲
 いちょう並木のセレナーデ    作詞・作曲
 ヨコハマ・モガ
 ガール(GIRL)  作詞・作曲  1988
 ためいきのベルが鳴るとき    作詞・作曲  1989
 ハートせつなく    1991
 じんじん
 使い古された諺を信じて  作詞
  東京ラブコール     作詞・作曲
  花咲く旅路
  イロイロのパー
  想い出のリボン
 涙の天使に微笑みを  1997
 夢をアリガトウ  2009
 京都物語  2010
 オモタイキズナ     作詞・作曲    2022
 旅情
 スローハンドに抱かれて(Oh Love)  作詞
 夜の訪問者     作詞・作曲
 ヤバいね愛てえ奴は
 鎌倉 On The Beach  作詞
   小林克也&ザ・ナンバーワンバンド  六本木のベンちゃん  作詞・作曲    1982
 ブルースだ〜れ  作曲
 My Peggy Sue  作詞・作曲
 明石家さんま  さんまのまんま  作曲  1987
 古舘伊知郎  夢見る頃を過ぎても  作詞・作曲  1988
 早川義夫  アメンボの歌  作詞・作曲  1997
 香取慎吾&原由子  みんないい子  作詞・作曲  1997
 坂本冬美  ブッダのように私は死んだ  作詞・作曲  2020
 斎藤誠  涙のMidnight Soul  作詞  2022



◎ メインボーカル(デュエット含む)

・ ザ・ナンバーワンバンド
 ・ 『六本木のベンちゃん』『茅ヶ崎は今日も黄色い』
・ Real Fish featuring 桑田佳祐・いとうせいこう
 ・ 『ジャンクビート東京』
・ 村上"ポンタ"秀一
 ・ 『ホワイト・ルーム〜サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ〜天国への扉』
・ 村田陽一
 ・ 『クロス・タウン・トラフィック』

● ライブ・コンサートツアー

width="80"   年 width="800"   タイトル width="360"   公演規模・会場
  1981年 嘉門雄三 & Victor Wheels   12月11日 Egg-man
12月12日 Egg-man
  1991年 アコースティック・レボリューション   3月24日 日清パワーステーション
3月25日 日清パワーステーション
3月26日 日清パワーステーション
    1994年 桑田佳祐 LIVE TOUR '94 -さのさのさ-   9月29日 静岡市民文化会館
10月4日 熊本市民会館
10月6日 鹿児島市民文化ホール
10月8日 福岡サンパレス
10月9日 九州厚生年金会館
10月13日 大宮ソニックシティ
10月18日 新潟県民会館
10月19日 群馬県民会館
10月23日 仙台サンプラザ
10月24日 岩手県民会館
10月31日 日本武道館
11月1日 日本武道館
11月8日 アクトシティ浜松
11月10日 神戸国際会館
11月11日 京都会館
11月16日 石川厚生年金会館
11月17日 フェニックス・プラザ
11月20日 長野県県民文化会館
11月24日 宇都宮市文化会館
11月25日 郡山市民文化センター
12月5日 徳島県立産業観光交流センター
12月6日 香川県県民ホール
12月8日 広島厚生年金会館
12月9日 岡山市民会館
12月11日 徳山市文化会館
12月12日 愛媛県県民文化会館
12月15日 旭川市民文化会館
12月17日 北海道厚生年金会館
12月18日 北海道厚生年金会館
12月22日 名古屋市総合体育館 レインボーホール
12月23日 名古屋市総合体育館 レインボーホール
12月26日 大阪城ホール
12月27日 大阪城ホール
12月30日 横浜アリーナ
12月31日 横浜アリーナ
帰ってきた青山のダンディー  
  1995年 IBM PC & OS/2 Warp PRESENTS
LIVE UFO '95 桑田佳祐 & Mr.Children "Acoustic Revolution with Orchestra" 奇跡の地球   4月18日 名古屋市総合体育館 レインボーホール
4月19日 名古屋市総合体育館 レインボーホール
4月28日 国立代々木競技場 第一体育館
4月29日 国立代々木競技場 第一体育館
5月1日 国立代々木競技場 第一体育館
5月2日 国立代々木競技場 第一体育館
5月6日 国立代々木競技場 第一体育館
5月7日 国立代々木競技場 第一体育館
5月10日 大阪城ホール
5月11日 大阪城ホール
5月13日 大阪城ホール
5月14日 大阪城ホール
  1996年 Act Against AIDS '96
夷撫悶汰(いヴもんた)レイト・ショー 〜長距離歌手の孤独 in Jazz Cafe〜   12月1日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月2日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月3日 パシフィコ横浜 国立大ホール
  1997年 Act Against AIDS '97
桑田佳祐 歌謡サスペンス劇場   11月29日 ワールド記念ホール
12月1日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月2日 パシフィコ横浜 国立大ホール
  1998年 Act Against AIDS '98
桑田佳祐 オールリクエストショー   11月30日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月1日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月2日 パシフィコ横浜 国立大ホール
  1999年 Act Against AIDS '99
桑田佳祐 エリック・クラプトソ 横浜公演   11月30日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月1日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月2日 パシフィコ横浜 国立大ホール
    2000年 伊豆だらけのローラ   1月29日 Zepp Sapporo
1月31日 仙台BEEBベースメントシアター
2月3日 名古屋 CLUB DIAMOND HALL
2月4日 神戸 チキンジョージ
2月5日 福岡 DRUM LOGOS
Act Against AIDS 2000
桑田佳祐が選ぶ20世紀ベストソング   11月30日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月1日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月2日 パシフィコ横浜 国立大ホール
    2001年 古賀紅太 No Reason ライブハウスツアー   7月5日 岐阜モダンカフェクラブ
7月9日 Yokohama Bay Hall
7月12日 PENNY LANE 24
7月15日 青森クォーター
7月18日 佐賀GEILS
7月19日 奈良NEVER LAND
8月9日 LIQUIDROOM
Act Against AIDS 2001
桑田佳祐 plays "The Beatles" クワガタムシ対カブトムシ   11月30日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月1日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月2日 パシフィコ横浜 国立大ホール
No Reason Coca-Cola Presents
桑田佳祐 Xmas LIVE in 札幌   12月22日 北海道立産業共進会場
12月23日 北海道立産業共進会場
12月24日 北海道立産業共進会場
    2002年 No Reason Coca-Cola Presents
桑田佳祐全国ドームツアー2002 「けいすけさん、色々と大変ねぇ。」   11月16日 ナゴヤドーム
11月17日 ナゴヤドーム
11月23日 福岡ドーム
11月24日 福岡ドーム
12月4日 東京ドーム
12月5日 東京ドーム
12月14日 大阪ドーム
12月15日 大阪ドーム
12月22日 札幌ドーム
追加公演 No Reason Coca-Cola Presents
桑田佳祐年越しライブ2002 「けいすけさん、年末も色々と大変ねぇ。」   12月27日 横浜アリーナ
12月28日 横浜アリーナ
12月30日 横浜アリーナ
12月31日 横浜アリーナ
  2003年 桑田佳祐 Act Against AIDS 2003
栄光のDISCO & SOUL   12月2日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月3日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月4日 パシフィコ横浜 国立大ホール
  2004年 桑田佳祐 Act Against AIDS 2004
「THE GOLDEN AGE OF BRITISH ROCK 〜愛と青春の英国ロック〜」   11月30日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月1日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月2日 パシフィコ横浜 国立大ホール
  2006年 桑田佳祐 Act Against AIDS 2006
「星条旗よ永遠なれ? 〜私のアメリカン・ヒーローズ」   11月30日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月1日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月2日 パシフィコ横浜 国立大ホール
  2007年 WONDA presents
桑田佳祐 LIVE TOUR 2007 呼び捨てでも構いません 「よっ、桑田佳祐」SHOW
supported by ショコライフ   11月21日 マリンメッセ福岡
11月22日 マリンメッセ福岡
12月1日 北海道立総合体育センター 北海きたえーる
12月2日 北海道立総合体育センター 北海きたえーる
12月6日 ホットハウススーパーアリーナ
12月7日 ホットハウススーパーアリーナ
12月11日 大阪城ホール
2月12日 大阪城ホール
12月19日 日本ガイシ スポーツプラザ 日本ガイシホール
12月20日 日本ガイシ スポーツプラザ 日本ガイシホール
12月27日 横浜アリーナ
12月28日 横浜アリーナ
12月30日 横浜アリーナ
12月31日 横浜アリーナ
    2008年 Meet the Music 2008 全国民放FM53局 & KDDI present
桑田佳祐 アコースティックライブ in 石垣島  
桑田佳祐 Act Against AIDS 2008
「昭和八十三年度 ひとり紅白歌合戦」   11月30日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月1日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月2日 パシフィコ横浜 国立大ホール
  2009年 桑田佳祐 Act Against AIDS 2009
「映画音楽寅さん チャラン・ポランスキー 監督・脚本・主演 『男はしたいよ』」   11月30日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月1日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月2日 パシフィコ横浜 国立大ホール
  2010年 桑田佳祐 LIVE TOUR 2010 全国への階段 〜Stairway to Nippon〜  
・ 10月28日 愛媛県武道館
10月29日 愛媛県武道館
11月6日 朱鷺メッセ
11月7日 朱鷺メッセ
11月13日 セキスイハイムスーパーアリーナ
11月14日 セキスイハイムスーパーアリーナ
11月20日 広島県立総合体育館 グリーンアリーナ
11月21日 広島県立総合体育館 グリーンアリーナ
11月27日 札幌ドーム
12月4日 東京ドーム
12月5日 東京ドーム
12月11日 京セラドーム大阪
12月12日 京セラドーム大阪
12月18日 福岡 Yahoo JAPAN ドーム
12月19日 福岡 Yahoo JAPAN ドーム
12月24日 ナゴヤドーム
12月25日 ナゴヤドーム
12月30日 横浜アリーナ
12月31日 横浜アリーナ
    2011年 桑田佳祐 宮城ライブ 〜明日へのマーチ〜   9月10日 セキスイハイムスーパーアリーナ
9月11日 セキスイハイムスーパーアリーナ
マウントレーニアダブル presents
桑田佳祐 ライブ in 神戸&横浜 2011 〜年忘れ みんなで元気になろうぜの会〜   12月24日 ワールド記念ホール
12月25日 ワールド記念ホール
12月30日 横浜アリーナ
12月31日 横浜アリーナ
  2012年 NTT docomo presents
桑田佳祐 LIVE TOUR 2012 I LOVE YOU -now & forever-   9月15日 セキスイハイムスーパーアリーナ
9月16日 セキスイハイムスーパーアリーナ
9月29日 北海道立総合体育センター 北海きたえーる
9月30日 北海道立総合体育センター 北海きたえーる
10月6日 サンドーム福井
10月7日 サンドーム福井
10月24日 愛媛県武道館
10月25日愛媛県武道館
11月7日 広島県立総合体育館 グリーンアリーナ
11月8日 広島県立総合体育館 グリーンアリーナ
11月14日 さいたまスーパーアリーナ
11月15日 さいたまスーパーアリーナ
11月28日 マリンメッセ福岡
11月29日 マリンメッセ福岡
12月5日 日本ガイシ スポーツプラザ 日本ガイシホール
12月6日 日本ガイシ スポーツプラザ 日本ガイシホール
12月12日 大阪城ホール
12月13日 大阪城ホール
12月27日 横浜アリーナ
12月28日 横浜アリーナ
12月30日 横浜アリーナ
12月31日横浜アリーナ
  2013年 桑田佳祐 Act Against AIDS 2013
「昭和八十八年度 第二回ひとり紅白歌合戦」   11月30日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月1日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月3日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月4日 パシフィコ横浜 国立大ホール
  2016年 桑田佳祐 年越しライブ2016「ヨシ子さんへの手紙 〜悪戯な年の瀬〜」
Supported by UCC   12月27日 横浜アリーナ
12月28日 横浜アリーナ
12月30日 横浜アリーナ
12月31日 横浜アリーナ
    2017年  この夏、大人の夜遊び in 日本で一番垢抜けた場所
supported by ニッポンハム / Billboard Live 10th Anniversary   7月10日 Billboard Live Tokyo
7月11日 Billboard Live Tokyo
WOWOW presents
桑田佳祐 LIVE TOUR 2017「がらくた」
supported by JTB   10月17日 朱鷺メッセ・新潟コンベンションセンター
10月18日 朱鷺メッセ・新潟コンベンションセンター
10月28日 広島グリーンアリーナ
10月29日 広島グリーンアリーナ
11月11日 東京ドーム
11月12日 東京ドーム
11月18日 ナゴヤドーム
11月19日 ナゴヤドーム
11月25日 福岡 ヤフオクドーム
11月30日 宮城セキスイハイムスーパーアリーナ
12月1日 宮城セキスイハイムスーパーアリーナ
12月9日 アスティとくしま
12月10日 アスティとくしま
12月16日 京セラドーム大阪
12月17日 京セラドーム大阪
12月23日 札幌ドーム
12月30日 横浜アリーナ
12月31日 横浜アリーナ
  2018年  桑田佳祐 Act Against AIDS 2018
「平成三十年度 第三回ひとり紅白歌合戦」   11月29日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月1日 パシフィコ横浜 国立大ホール
12月2日 パシフィコ横浜 国立大ホール
    2021年 桑田佳祐「静かな春の戯れ 〜Live in Blue Note Tokyo〜」  
桑田佳祐 LIVE TOUR 2021「BIG MOUTH,NO GUTS
Supported by SOMPOグループ   9月18日 宮城セキスイハイムスーパーアリーナ
9月19日 宮城セキスイハイムスーパーアリーナ
9月25日 愛媛県武道館
9月26日 愛媛県武道館
10月1日 朱鷺メッセ 新潟コンベンションセンター
10月2日 朱鷺メッセ 新潟コンベンションセンター
10月7日 広島グリーンアリーナ
10月8日 広島グリーンアリーナ
10月20日 マリンメッセ福岡 A館
10月21日 マリンメッセ福岡 A館
10月30日 北海道・真駒内セキスイハイムアイスアリーナ
10月31日 北海道・真駒内セキスイハイムアイスアリーナ
11月10日 大阪城ホール
11月11日 大阪城ホール
11月20日 さいたまスーパーアリーナ
11月21日 さいたまスーパーアリーナ
12月4日 愛知・日本ガイシホール
12月4日 愛知・日本ガイシホール
12月30日 横浜アリーナ
12月31日 横浜アリーナ
    2022年 桑田佳祐 LIVE TOUR 2021「BIG MOUTH,NO GUTS
Supported by SOMPOグループ
オンライン特別追加公演  
・ 1月3日 さいたまスーパーアリーナ
1月7日 さいたまスーパーアリーナ
1月8日 さいたまスーパーアリーナ
1月9日 さいたまスーパーアリーナ
桑田佳祐 LIVE TOUR 2022「お互い元気に頑張りましょう」 Supported by SOMPOグループ   11月2日 宮城セキスイハイムスーパーアリーナ
11月3日 宮城セキスイハイムスーパーアリーナ
11月12日 福岡PayPayドーム
11月19日 バンテリンドームナゴヤ
11月20日 バンテリンドームナゴヤ
12月3日 京セラドーム大阪
12月4日 京セラドーム大阪
12月10日 東京ドーム
12月11日 東京ドーム
12月17日 札幌ドーム
桑田佳祐 LIVE TOUR 2022「年末も、お互い元気に頑張りましょう」 Supported by SOMPOグループ  
・ 12月28日 横浜アリーナ
12月30日 横浜アリーナ
12月31日 横浜アリーナ
  2023年 桑田佳祐 LIVE TOUR 2022「お互い元気に頑張りましょう」Live & Documentary Film On Streaming Supported by SOMPOグループ  
・ 2月12日 横浜アリーナ
2月13日 横浜アリーナ
2月14日 横浜アリーナ
2月15日 横浜アリーナ
  2024年 桑田佳祐「JAZZと歌謡曲とシャンソンの夕べ〜R60」   3月29日 ブルーノート東京
3月30日 ブルーノート東京
4月5日 クラブ月世界
4月6日 クラブ月世界


● 出演
※太字は、現在放送中の番組である。

◎ ラジオ番組

  1979年 - 1980年     桑田佳祐のオールナイトニッポン     ニッポン放送
  1984年 - 1985年
  1981年1月 - 1981年9月  桑田クンと関口クン  ニッポン放送
  1979年9月 - ?   桑田佳祐の桑田だセイラーマン  文化放送
  1980年10月 - 1981年3月   桑田佳祐のゼロックス・ポッピン・ポップス  ニッポン放送
  1981年 - 1982年   サタデーアドベンチャー   FM東京
(現: TOKYO FM) / JFN38局
  1981年10月 - 1982年3月   桑田佳祐と○○○○のなんでもスルー・ザ・ナイト  ニッポン放送
 1981年10月 - 1982年3月  MBSミュージックマガジン  MBSラジオ
  1982年4月 - 1983年9月  桑田佳祐のミスターポップス  ニッポン放送
  1990年 - 1993年   ミュージック・スクエア   NHK-FM
  1995年 - 現在   桑田佳祐のやさしい夜遊び   TOKYO FM / JFN38局 / 茅ヶ崎FM
  2020年3月20日 - 22日   WE LOVE RADIO, WE LOVE MUSIC 桑田佳祐のお家うちでRADIO〜こんな時こそラジオでSMILE〜 supported by SUUMO   全国民放ラジオ101局
 2022年11月3日  FM FESTIVAL 2022 ~原 由子のGood Times Radio~ときどき(?) 何処かで桑田佳祐 supported by Spotify    TOKYO FM / JFN38局
 2023年11月3日   FM FESTIVAL 2023 サザンオールスターズ デビュー45周年!「サザンとわたし」 スペシャル


◎ テレビ番組

○ レギュラー番組 / 特別番組

  1986年12月24日     Merry X'mas Show
〜メリー・クリスマス・ショー〜     日本テレビ   -
  1987年12月24日   -
  2000年10月6日 - 2001年3月30日
2001年10月5日 - 26日     桑田佳祐の音楽寅さん
〜MUSIC TIGER〜     フジテレビ   レギュラー放送
  2003年6月29日   『FNS27時間テレビ みんなのうた』内で放送の特別番組
  2006年8月21日   特別番組
  2009年4月20日 - 9月21日   レギュラー放送
  2009年12月22日     特別番組
  2012年7月11日
  2016年8月26日   桑田佳祐「偉大なる歌謡曲に感謝 〜東京の唄〜」   -
  2019年1月3日   桑田佳祐のレッツゴーボウリング 日米オールスター頂上決戦   テレビ東京   -
  2019年3月20日   桑田佳祐 大衆音楽史「ひとり紅白歌合戦」
〜昭和・平成、そして新たな時代へ〜   NHK   -

○ カメオ出演

  2007年   プロポーズ大作戦     フジテレビ   エンディングのみ出演。
  2012年 - 2017年     ちびまる子ちゃん   エンディングのみ、アニメーション出演。
  2017年10月1日   学生のころの桑田(声:西谷修一)が本編にアニメーションとして出演。
  2013年   最高の離婚   第8話以降のエンディングのみ出演。

○ NHK紅白歌合戦出場歴

年度放送回 回 曲目 出演順 対戦相手 備考
 2010年  第61回  初  本当は怖い愛とロマンス
それ行けベイビー  特別企画  (対戦相手なし) 

 2017年  第68回  2  若い広場  特別企画  (安室奈美恵)   トリ前
『ひよっこ』特別編には浜口庫之助役で出演
 2022年  第73回  3  時代遅れのRock'n'Roll Band  特別企画  対戦相手なし   トリ前(2)
「桑田佳祐 feat. 佐野元春, 世良公則, Char, 野口五郎」として出場
歌唱前に「朝起きたら…」(小林万里子)の替え歌、「夜空の星」(加山雄三)を披露。

・他に、第71回(2020年)にVTRで出演。
・サザンオールスターズとしては5回出場し、計8回出場。

◎ 映画

  1995年   【es】 Mr.Children in FILM   本人   Mr.Childrenのドキュメント映画。
  2017年   茅ヶ崎物語 〜MY LITTLE HOMETOWN〜   本人   桑田の学生時代を映画化した作品。
  2019年   男はつらいよ お帰り 寅さん   本人   オープニングに出演。

○ 吹き替え

  1980年10月24日   アメリカン・グラフィティ   ウルフマン・ジャック   フジテレビ   『ゴールデン洋画劇場』で放送。


◎ CM
※すべて桑田佳祐個人での出演によるもの。
  1981年   アンネット   アンネシャンテS  
  1982年   雪印乳業   スライスチーズ  
  1986年   TDK   カセットテープSF46・AD46  
  1989年   富士フイルム   フジカラー  
  1989年 - 1991年   日本生命保険   ロングラン  
  1991年 - 1992年   キヤノン   ビデオi  
  1993年 - 1995年   キリンビバレッジ   JIVE  
  1994年   角川書店   角川文庫  
  1996年   麒麟麦酒   キリン・ラガー  
  1998年   三菱電機   デジタル・ムーバ D207  
  2000年     WOWOW     サマーキャンペーン
  2016年 - 2017年    
  2001年 - 2002年   日本コカ・コーラ   コカ・コーラ   No Reason キャンペーン
  2003年 - 2004年   日本航空     FLY JAL キャンペーン
  2004年 - 2005年   トヨタ自動車     MORE THAN BEST キャンペーン
  2006年 - 2007年   明治製菓   ショコライフ  
    2007年   アメリカン・エキスプレス     MORE THAN JUST A CARD キャンペーン
  ダンディハウス     ニッポン ダンディ? キャンペーン
    アサヒ飲料     WONDA  モーニングショット
アフターショット
圧力仕立て ブラック
  2008年   金の微糖
  2009年 - 2010年   大塚製薬   UL・OS(ウル・オス)  
  2011年 - 2012年   NTTドコモ     walk with you 2011 SUMMER キャンペーン
  2011年   森永乳業   マウントレーニア ダブル  
  2013年 - 2014年   サッポロビール   サッポロ プレミアムアルコールフリー  
  2014年   三井住友銀行     Lady, Fight
  2016年 - 2017年   JTB     JTBの春旅・JTBの夏旅
  2016年   UCC上島珈琲   UCC BLACK無糖  
  2020年 -   SOMPOホールディングス    
  2021年 -   ユニクロ   LifeWear   ふだん着の日が、人生になる。


● タイアップ楽曲
※桑田佳祐名義で発表された曲のタイアップを記載している。
 SHE'S A BIG TEASER  コカ・コーラ「I feel Coke & Sound Special」CMソング
   いつか何処かで (I FEEL THE ECHO)  JAL '88沖縄キャンペーン CMソング
  ユニクロ「LifeWear」CMソング
   遠い街角 (The wanderin' street)  富士フイルム「フジカラー」CMソング
 ユニクロ「LifeWear」CMソング
 Blue 〜こんな夜には踊れない  松竹富士映画『ラッフルズホテル』主題歌
 真夜中のダンディー   キリンビバレッジ「JIVE」CMソング
 すべての歌に懺悔しな
  祭りのあと   日本テレビ系ドラマ『静かなるドン』主題歌
 キリンビバレッジ「JIVE」CMソング
 MUSIC TIGER  フジテレビ系『桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜』オープニングテーマ
   波乗りジョニー  コカ・コーラ「No Reason キャンペーン」CMソング
 ユニクロ「LifeWear」CMソング
    白い恋人達  コカ・コーラ「No Reason キャンペーン」CMソング
  ユニクロ「LifeWear」CMソング
 夏の日の少年  Town&Country CMソング
  可愛いミーナ  コカ・コーラ「No Reason キャンペーン」CMソング
  ユニクロ「LifeWear」CMソング
  ROCK AND ROLL HERO  コカ・コーラ「No Reason キャンペーン」CMソング
 ユニクロ「LifeWear」CMソング
 影法師  コカ・コーラ「No Reason キャンペーン」CMソング
 こんな僕で良かったら   アメリカン・エキスプレス「MORE THAN JUST A CARD」CMソング
 こんな僕で良かったら (Trumpet & Jazz Piano Trio:CM Version)
   明日晴れるかな  フジテレビ系ドラマ『プロポーズ大作戦』主題歌
  ユニクロ「LifeWear」CMソング
 男達の挽歌(エレジー)  ダンディハウス「ニッポン ダンディ?」CMソング
  風の詩を聴かせて  東宝系映画『Life 天国で君に逢えたら』主題歌
 KDDI・沖縄セルラー電話「au LISTEN MOBILE SERVICE」キャンペーンCMソング
 ユニクロ「LifeWear」CMソング
 NUMBER WONDA GIRL 〜恋するワンダ〜  アサヒ飲料「WONDA」CMソング
  ダーリン  アサヒ飲料「WONDA」CMソング
 ユニクロ「LifeWear」CMソング
  DEAR MY FRIEND  アサヒ飲料「WONDA」CMソング
 ユニクロ「LifeWear」CMソング
 現代東京奇譚  ゴー・シネマ映画『闇の子供たち』主題歌
 HONKY JILL 〜69(あいなめ)のブルース〜  フジテレビ系『桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜』オープニングテーマ
    君にサヨナラを  大塚製薬「UL・OS」(ウル・オス)CMソング
 ユニクロ「LifeWear」CMソング
  EARLY IN THE MORNING  フジテレビ系『めざましテレビ』2010年度テーマソング
 大塚製薬「UL・OS」(ウル・オス)CMソング
  月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)  三井住友フィナンシャルグループ CMソング
  松竹映画『護られなかった者たちへ』主題歌
 銀河の星屑  フジテレビ系ドラマ『CONTROL〜犯罪心理捜査〜』主題歌
    明日へのマーチ  NTT docomo「walk with you 2011」キャンペーンソング
  ユニクロ「LifeWear」CMソング
 CAFÉ BLEU  森永乳業「マウントレーニア ダブル」CMソング
 幸せのラストダンス  三井住友銀行 CMソング
 100万年の幸せ  フジテレビ系アニメ『ちびまる子ちゃん』エンディングテーマ
  愛しい人へ捧ぐ歌  NTT docomo「ドコモthanksキャンペーン」CMソング
 NTT docomo20周年記念スペシャルドラマ 夢の扉 特別編『20年後の君へ』テーマソング
 MASARU  フジテレビ主催イベント『お台場合衆国2012〜ここから始まるNIPPON応援団〜』テーマソング
 涙をぶっとばせ  NTT docomo「ドコモ2012冬」キャンペーンソング
  Yin Yang  フジテレビ系ドラマ『最高の離婚』主題歌
 フジテレビ系土曜プレミアム『最高の離婚Special 2014』主題歌
 おいしい秘密  サッポロ「プレミアム アルコールフリー」CMソング
 愛のプレリュード  JTB TVCMソング
 大河の一滴  UCC BLACK無糖 TVCMソング
 百万本の赤い薔薇  フジテレビ系情報番組『ユアタイム』テーマソング
 ヨシ子さん  WOWOW 開局25周年CMソング
  君への手紙  ショウゲート映画『金メダル男』主題歌
 WOWOW 25周年記念CMソング
    若い広場  NHK連続テレビ小説『ひよっこ』主題歌
  ユニクロ「LifeWear」CMソング
 愛のささくれ〜Nobody loves me  WOWOW CMソング
 MY LITTLE HOMETOWN  ライブ・ビューイング・ジャパン映画『茅ヶ崎物語 〜MY LITTLE HOMETOWN〜』主題歌
    SMILE〜晴れ渡る空のように〜  民放共同企画「一緒にやろう」応援ソング
 ユニクロ 「LifeWear」CMソング
 悲しきプロボウラー  SOMPOグループ CMソング
 金目鯛の煮つけ  SOMPOグループ CMソング
 悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)    ユニクロ「LifeWear」CMソング
 ほととぎす[杜鵑草]
 炎の聖歌隊 [Choir]   SUBARU「フォレスター」CMソング
 Netflix映画『浅草キッド』主題歌
 JOURNEY  ユニクロ「LifeWear」CMソング
 平和の街  SOMPOグループ CMソング
 誰かの風の跡     ユニクロ「LifeWear」CMソング
 鏡
 なぎさホテル
 それ行けベイビー
 春まだ遠く


● 演じた人物

◇ 映画
・ 野村周平 - 茅ヶ崎物語 〜MY LITTLE HOMETOWN〜(2017年)
◇ テレビアニメ
・ 西谷修一 - ちびまる子ちゃん「茅ヶ崎の約束」(2017年)

● 関連書籍

・ 『別冊カドカワ総力特集桑田佳祐』(2002年、角川書店)ISBN 4047213896
・ 『クワタを聴け』(中山康樹著、2007年、集英社新書)ISBN 4087203808
・ 『別冊カドカワ総力特集桑田佳祐』(2011年、角川書店)ISBN 4048954199
・ 『桑田佳祐論』(スージー鈴木著、2022年、新潮新書)ISBN 4106109549

「桑田佳祐」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/
2024年11月21日20時(日本時間)現在での最新版を取得

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