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佐藤 順一(さとう じゅんいち、1960年3月11日 -)は、日本のアニメーション監督、演出家。東映動画出身。フリーを経て2000年にハルフィルムメーカー取締役に就任し、吸収合併でTYOアニメーションズとなった後も2016年まで所属。2017年よりツインエンジン所属。
別名義として「甚目 喜一」「天上 はじめ」「ミソト ハジメ」「星野 らんちゅう」「ひかわ さくら」などがある。
愛称はサトジュン、さとし、ジュミスなど。妻は多くの佐藤作品で選曲。
● 人物
『美少女戦士セーラームーン』『おジャ魔女どれみ』『ケロロ軍曹』などの長期放映された人気作品の第1シリーズを立ち上げたヒットメーカー。東映動画(現・東映アニメーション)出身で、1990年代には児童・少女向け作品のシリーズディレクターを歴任し、数多くの名作を世に送り出してきた。特に少女向け作品では、1990年代以降に日本で生まれ育った女性で彼の作品を見ずに育った人はほとんどいないのではないかと言われるほどの存在。東映独立後もその手腕を発揮し、児童向けからハイターゲットまで幅広い作品の監督・総監督を担当しながら、企画段階から精力的に関わったオリジナル作品の制作も精力的に行なっている。また、1989年公開のスタジオジブリの映画『魔女の宅急便』では最初の監督候補として指名された。しかし、ジブリとは原作のアレンジの仕方やライターの選定などのざっくりとした打ち合わせはしていたものの、諸般の事情で企画が決まる前に作品からは外れている。
子供の頃から活字よりは漫画が好きで、読んでいたのは赤塚不二夫、石ノ森章太郎、横山光輝など当時の普通の子供たちが読んでいたような漫画が多かった。また妹がいたので、少女漫画も読んでいた。
アニメーションの原体験の記憶はないが、見ていたのはおそらく子供たちに向けて優しさや正義感などが語られていた作品であり、それが自身の作品制作のベースになっている気がするという。
自ら「アニメ屋」と名乗ることがあるが、由来は富野由悠季の言葉。『機動戦士Ζガンダム』に参加した際、彼が描いた絵コンテの中に「このアニメ屋が」と書き込まれていた。否定的なニュアンスの言葉だったが、佐藤はむしろそれをかっこいいと思い、名乗ることにした。
後輩への育成指導に長け、シリーズが安定してくると自身は監督を退いて後進にその座を譲り、バトンタッチすることもままある。しかし、佐藤自身は直接の弟子は取らないというスタンスである。幾原邦彦については若い頃から見どころがあると思い、アニメ専門誌などに売り込んでいた。その幾原から監督作『少女革命ウテナ』の絵コンテを依頼された際には、「いつそう言われるかと待ってました」と返事をし、後輩の作品にペンネームではご祝儀にならないとして東映以外の作品ながら本名で仕事をした。
アニメーション監督としてはメディア・イベント露出が非常に多い。自身の作品に出演した声優との特典映像やラジオ・イベントなどで積極的に関わっており、一度起用した声優を繰り返し採用する傾向がある。
眼鏡は伊達眼鏡。痛風持ち。趣味は料理と取材旅行。Mac使い。キーボードはかな入力。
● ペンネーム
本名である佐藤順一名義での活動が主であるが、以下のペンネームを用いることもある。
・甚目 喜一 (はだめ きいち)
・ 出身地の甚目寺町(じもくじちょう)の「甚目」と、母親の名前の「喜」の一字を取って命名。そのため、その後はサンライズ以外の作品でもロボットアニメならこの名義を用い(『新世紀エヴァンゲリオン』)、サンライズ作品でもロボットアニメでないなら用いないこともあった(『カウボーイビバップ』)。
・ロボットアニメであっても担当するのはメカシーンのないパートや戦闘シーンのないキャラクターの芝居が中心の日常回であることがほとんど。本人はロボットのアクション演出は不得意であるからだと言っているが、ドラマの要となる日常シーンを任されるほど各監督からの信頼が厚いという評価もある。
・ 『マクロス7』にシリーズ構成補として呼ばれた際にのみ使用。
・ ロボットアニメなのにどうして「甚目喜一」にしなかったのかは本人も覚えていない。
・星野 らんちゅう
・ 『きんぎょ注意報』の挿入歌を作詞した際のペンネーム。
・ひかわ さくら
・ 『おジャ魔女どれみ』『ケロロ軍曹』の主題歌や挿入歌を作詞した際のペンネーム。
● 作風
ポジティブで優しく感動的な作風。
東映時代は未就学児童を対象にした作品が多く、「自分がこうやりたいというようなことには何の意味もなく、ターゲットが何かということを理解してその的に当てていくという作業をずっと自然にやってきただけで、特別なことをやっているわけではない」と語っている。「3〜5歳くらいの子に見せるアニメを作ったとして、見てくれた子たちはストーリーを忘れるし、忘れて構わないと思う。ただ、大人になってアニメを見たことすら忘れてしまっても、物語の中で感じた気持ちが記憶の片隅に残っていれば同じ立場になった時に自分から手を差し伸べることができるかもしれない。その『かもしれない』の一点のために、作品を描き込んでいる」という。アニメーション以外では漫画家の近藤ようこに影響を受けた。
声優のキャスティングを自身で行うことも多い。東映時代、青二プロダクションが担当していた時期も青二の声優を使っていなかった時期も積極的に関わっていた。
演出家としては、長編劇場映画よりもテレビアニメ、そしてシリーズディレクター。たまゆらにおいては写真カットのレイアウトの殆どを担当、もしくはチェックしている。『メモル』の頃は、光と影を意識した画作りをするなど、撮影処理にもかなり凝っていた、「ぴあアニメーション・サマーフェス」に出品。また漫画も描き、小学館の新人漫画賞に応募して佳作を受賞(タイトルは「夕日だよ、野郎ども」)。編集部と次の作品について打ち合わせしている最中に東映動画への入社が決まり、その話は立ち消えになった。最初の演出は研修生時代に制作した8mmフィルム教材の『世界名作童話まんがシリーズねむり姫』(1983年発表)。
1984年の『とんがり帽子のメモル』での担当回の演出で注目され、翌1985年には葛西治の指名により『はーいステップジュン』のシリーズディレクター補佐に抜擢されて企画の当初から関わる。
1986年の『メイプルタウン物語』において、初のシリーズディレクター。
1987年頃、スタジオジブリから宮崎駿プロデュースで映画『魔女の宅急便』の監督をやらないかというオファーがあった。東映では外部の仕事をすることは認められていなかったが、ジブリの鈴木敏夫からは出向という形にするから大丈夫と言われていた。結局、最終段階で会社側が「東映動画としては社内で育てた人間を貸し出すようなことはしない」という結論を出したため、やむなく降板することになった。『セーラームーン』では作品のファンだという庵野秀明に原画や絵コンテを手伝ってもらい、そのお返しに庵野監督の『新世紀エヴァンゲリオン』に絵コンテで参加しているで、東映に在籍したままで監督を務めることができた。これは、『魔女の宅急便』の後、タバックから移籍してきた千蔵豊が制作部長になって東映の状況が変わり、むしろどんどん外部で武者修行させてその経験を東映に持ち帰ってもらい、さらに大きな仕事をしてくれればよいという方針になったためであった。翌1996年、『ユンカース・カム・ヒア』はスタジオジブリ作品『耳をすませば』を抑え、第50回毎日映画コンクールアニメーション映画賞を受賞した。
2000年、ハルフィルムメーカーの自社制作作品『ストレンジドーン』で企画・原作・総監督を務める。同年、GONZO初のテレビアニメ『ゲートキーパーズ』で総監督を務める。
2004年、『ケロロ軍曹』の総監督に就任。制作会社のサンライズは漫画をアニメ化するに際して「ファミリーコンテンツ」にしようと考えたが社内に適当な人材が見当たらなかったため、「東映出身の佐藤ならあまり予算を使わないで面白いものを作れるのではないか」ということで彼にオファーが来ることになった。また同じくサンライズ制作のオリジナル作品『ファイ・ブレイン 神のパズル』の監督のオファーを受けるに相当する役職が設けられていなかったが、同シリーズが音楽面を重視する作風であったことから、選曲に相当する役職を設けることを提案した。過去の作品でBGM選定を行っていた音響監督の長崎行男もそれに賛同したため、「音楽演出」として採用され、佐藤の妻の佐藤恭野が担当している。
● 作品リスト
◎ テレビアニメ
◎ 劇場アニメ
◎ OVA
・ 土田勇のマイメモル とんがり帽子のメモル 光と風の詩(1985年、ED演出)
・ 機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争(1989年、絵コンテ)
・ おジャ魔女どれみ ナ・イ・ショ(2004年、監修・絵コンテ)
・ カレイドスター Legend of phoenix 〜レイラ・ハミルトン物語〜(2005年、原案・監督・音響監督)
・ カレイドスター ぐっどだよ ぐぅーっど(2006年、原案・総監修・音響監督)
・ ARIA The OVA 〜ARIETTA〜(2007年、監督・脚本・コンテ・音響監督・ED絵コンテ)
◎ Webアニメ
◎ イベント上映用アニメ
・ シックスハートプリンセス (2010年、監修・コンテ)
◎ その他アニメ
1983年
・ 世界名作童話 まんがシリーズ(演出)
・ ねむり姫
◎ ドラマCD
・ 明日の すごい カレイドスター・アリエスステージ(2004年、音響監督)
・ 明日の すごい カレイドスター・トーラスステージ(2005年、音響監督)
・ ARIA The ANIMATION Drama CD I BLUE(2005年、音響監督)
・ ARIA The ANIMATION Drama CD II RED(2005年、音響監督)
・ ARIA The ANIMATION Drama CD III ORANGE(2006年、音響監督)
・ 明日の すごい カレイドスター・キャンサーステージ(2006年、音響監督)
・ 明日の すごい カレイドスター・ウィンディステージ(2006年、音響監督)
・ ARIA The ANIMATION パーフェクトガイドブック付属ドラマCD(2006年、音響監督)
・ ARIA The NATURAL Drama CD I(2006年、音響監督)
・ ARIA The NATURAL Drama CD II(2006年、音響監督)
・ ARIA The NATURAL パーフェクトガイドブック付属ドラマCD(2006年、音響監督)
・ ARIA The ORIGINATION Drama CD I 〜雪〜(2008年、音響監督)
・ ARIA The ORIGINATION Drama CD II 〜月〜(2008年、音響監督)
・ ARIA The ORIGINATION Drama CD III 〜花〜(2008年、音響監督)
・ ARIA The ORIGINATION パーフェクトガイドブック付属ドラマCD(2008年、音響監督)
・ ARIA The ANIMATION DVD-BOX付属ドラマCD(2009年、音響監督)
・ ARIA The ANIMATION Drama CD BOX付属ドラマCD(2009年、音響監督)
・ うみものがたり〜あなたがいてくれたコト〜 オリジナルドラマCD&イメージソング集「みんな、あいしてる」(2009年、監督・監修)
・ ARIA The NATURAL DVD-BOX付属ドラマCD(2009年、音響監督)
・ ARIA The NATURAL Drama CD BOX付属ドラマCD(2010年、音響監督)
・ ARIA The ORIGINATION DVD-BOX付属ドラマCD(2010年、音響監督)
・ ARIA The ORIGINATION Drama CD BOX(2010年、音響監督)
・ たまゆらじおどらまぷらす(2011年、原案・監督・脚本)
・ 異国迷路のクロワーゼドラマCD「音語り」(2011年、音響監督・シリーズ構成・脚本)
・ たまドラ〜マタアエタネ、なので。〜(2011年、原案・監督・脚本)
◎ ラジオドラマ
・ たまゆらじお(2010年、Webラジオ、脚本)
・ 異国迷路のクロワーゼ・ロアの歩廊(ギャルリ・ド・ロア)を歩きながら(2011年、Webラジオ、音響監督・シリーズ構成・脚本)
◎ 漫画
・ Mortal METAL 屍鋼(2011年)原案・脚本・監修)
● 受賞歴
・第50回毎日映画コンクールアニメーション映画賞(『ユンカース・カム・ヒア』)
・第75回毎日映画コンクールアニメーション映画賞(『魔女見習いをさがして』、鎌谷悠と連名)
・第24回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀作品賞(『泣きたい私は猫をかぶる』、柴山智隆と連名)
● 出演
・ 「佐藤順一アワー」(2007年、アニメシアターX)
・ X年後の関係者たち (2022年、BS-TBS)
「佐藤順一」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/)
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