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格(かく)とは、名詞、代名詞、形容詞、分詞などに付与されて、その語を含む句が持つ意味的・統語的な関係を示す標識の体系で、語形を決める文法範疇・素性の一つである。
換言すると、典型的な格とは、語の形を変えることによって、主語・目的語といった統語的関係や、行為の行なわれる場所・物体の所有者といった意味的関係をその語を含む句が持っていることを表すマークである。
● 格の機能
格は、主語や目的語といった文法関係と混同されることもあるが、格と文法関係とは必ずしも対応しない。同様に、情報構造(話題など)や主題役割(動作主など)とも異なる。
例:
・太郎が次郎を殴った。
・太郎が: 主格、主語、動作者
・次郎を: 対格、目的語、被動者
・次郎が太郎に殴られた。
・次郎が: 主格、主語、被動者
・太郎に: 与格、補語、動作者
・太郎には弟がいる。
・太郎には: 与格、主語、所有者、主題
・弟が: 主格、目的語、所有物
● 格の種類
多くの言語に見られる格には、主格、対格、与格、奪格、処格、属格などがある。
同じような格でも、言語によって名前が異なることがある。「太郎が犬に水を与える」という文では、一般に「太郎が」は主格、「犬に」は与格、「水を」は対格と呼ばれるが、それぞれ「が格」、「に格」、「を格」と呼ばれることもある。格とは意味ではなく標識なのでこの呼び方は明確だが、他の言語との比較はできない。
格は基本的な格(論理的格)と、場所的な格に分けられる。前者は主格・呼格・与格・対格のように、文中における論理的な関係を表す。コーカサス諸語や、フィンランド語などには多くの格が存在するが、その多くは場所的な格である。たとえばアヴァル語には20近くの格があるが、基本的な格は4種のみである。それ以外は場所的な格であって、「静止(で)・着点(へ)・起点(から)」の3種類の方向と、「上・周り・中・下・(中空のものの)中」の5つの系列との組み合わせによる15種類の格が存在する。フィンランド語では数え方により14ないし15の格があり、うち6つは場所的な格で、やはり3種類の方向と2つの系列(内部・外部)の組み合わせによる からのもので、アクサンテギュは高音調、アクサングラーヴは低下降調、何のダイアクリティカルマークもついていないものは低音調を表す。それ以外にも名詞句が持つ意味的・統語的関係を標示する体系はいろいろ存在するが、どこまでを格として捉えるかは言語学者によって異なる。
◎ 接置詞・接辞による格
前置詞や後置詞(助詞)などの接置詞、接頭辞や接尾辞などの接辞は分析的な格の標識と考えることができる
において、wája(ナイフ)に格標示はついていないが、動詞 han-wa-swilswál-hi の -wa- の部分によってそれが具格であることを示す(なお、主語と目的語が三人称であることも動詞の側で示されている)。
◎ 語順による格
主語と目的語については名詞に格標示を加えず、固定された語順によって表現する言語が多い。
中国語では語順によって格が定まるが、介詞(前置詞)も用いられる。ただ、日本語なら格助詞を使うところを動詞+目的語の組み合わせで表現することもある。たとえば、「汽車で北京へ行く」は「汽車に座って北京へ行く」(坐火車上北京)のように表現できる。実際、介詞の多くは歴史的には動詞で、常にほかの動詞と組み合わせて使われるようになったものである。
● 格の一致
日本語では格助詞が名詞の後につくだけである(それにより名詞句全体の格が標示される)。インド・ヨーロッパ語族では、名詞を修飾する形容詞は、修飾される名詞と格を一致させる。
● 格標示のアラインメント
主語や目的語といった主要な項を、文法的に区別するパターンをアラインメントという。アラインメントの言語類型論では、自動詞の単一項(いわゆる主語)を S とする。また、他動詞の2つの項のうち、動作主的な項(いわゆる主語)を A 、もう一方の項(いわゆる目的語)を P(または O)とする。
S・A・P を格標示によって区別する主なパターンには、対格型と能格型がある。
対格型格組織は、S と A を同じ格で、P を別の格で標示する。この時、S と A の格を主格、P の格を対格と言う。典型的には、主格が無標(引用形式〔単独で発話される時の形式〕と同形)、対格が有標である。
能格型格組織は、S と P を同じ格で、A を別の格で標示する。この時、S と P の格を絶対格、A の格を能格と言う。典型的には、絶対格が無標、能格が有標である。
◎ 二重斜格型と三立型
◎ 分裂能格
◎ 活格・不活格
◎ 有標主格
典型的な格標示のアラインメントでは、自動詞の主語を標示する主格や絶対格が無標となるが、そうでない言語もある。
たとえば、対格が無標で主格が有標の言語がある。このような言語の主格を有標主格と言う。有標主格を持つ言語は世界的には珍しいが、アフリカの言語にはよく見られる。
また、日本語や朝鮮語は、主格も対格も有標である。
能格型格組織でも、能格が無標で絶対格が有標の言語(ニアス語のみ)、絶対格も能格も有標な言語(トンガ語などのポリネシア諸語)が存在する。
● 格の研究史
◎ 西洋
西洋における格概念は、古代ギリシアの「プトーシス」(πτῶσις ptōsis)にさかのぼる。プトーシスとは「倒れること」という意味で、「まっすぐな」形である基本形と違って「倒れた」形を指す言葉だった。もともとは、名詞のみならず動詞にも用いられた。これのラテン語訳が「カースス」(casus) であり、英語の「ケース」(case) など西洋の文法・言語学用語の元になった。
また、基本的な格の名前も古代ギリシアに端を発する。ヘレニズム期の文法学者サモトラケのアリスタルコスの一派がギリシア語に五つの格を設定し、弟子の一人であったディオニュシオス・トラクスがその文法書『文法の技法』で下表のように命名した。これをもとにして、古代ローマの文法学者が1世紀頃ラテン語の格の名前をつけた。このラテン語の格が、現代の西洋の文法や言語学において用いられる語の起源である。
ὀρθή (orthē)「まっすぐな」 nominativus「名前の」 nominative 主格
γενική (genikē)「種族の」 genetivus「生来の」 genitive 属格
δοτική (dotikē)「与える」 dativus dative 与格
αἰτιατική (aitiatikē)「影響された」 accusativus「告訴の」 accusative 対格
κλητική (klētikē)「呼ぶ」 vocativus vocative 呼格
この名前の付け方が示唆するように、ギリシア・ローマにおいては、それぞれの格は特定の意味機能と関連づけられていた。例えば、与格は「何かを与えられるもの」の格であり、呼格は「呼ばれるもの」の格であると観念されていた。
◎ インド
紀元前4世紀ごろのパーニニによるサンスクリット文法では、格に名前を付けることはせず、下表のように番号を振った。
1 देवः (devaḥ) 主格
2 देवम् (devam) 対格
3 देवेन (devena) 具格
4 देवाय (devāya) 与格
5 देवात् (devāt) 奪格
6 देवस्य (devasya) 属格
7 देवे (deve) 処格
パーニニはこれらの格が規則的にある意味を表すことを、カーラカ理論と呼ばれる仕組みで表現した。カーラカ (कारक kāraka) とは「行為者」の意味で、動詞の表す事態に関わる「行為者」がどのような役割を持っているかを示したものである。パーニニは次の六つのカーラカを定義している。
अपादान (apādāna) 何かが引き出される点 起点
सम्प्रदान (sampradāna) karman を通して見えるもの 着点
करण (karaṇa) 最も効果的な手段 道具
अधिकरण (adhikaraṇa) 場所 場所
कर्मन् (karman) 行為者が欲しているもの 被動者
कर्तृ (kartṛ) 独立して振る舞うもの 行為者
このように、格の形式と意味役割を分離することで、ある意味が複数の格に対応する場合を的確に記述していた。
◎ 日本
日本に伝えられた悉曇学では、サンスクリットの八つの格は八転声(はってんじょう)と呼ばれ、「体声」「業声」「具声(または作声)」「為声」「従声(または依声)」「属声」「於声」「呼声」と称された。
蘭学者の藤林普山は、オランダ語の六つの格に「主格」「呼格」などの訳語をあてた。国学者の鶴峯戊申は、蘭学の影響のもと日本語にも格を見出し、近現代の日本語学に影響を与えた。
「格」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/)
2025年2月16日0時(日本時間)現在での最新版を取得








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