好きな歌手
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堂本光一


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なぜ好きなの?
なぜ嫌いなの?

堂本 光一(どうもと こういち、1979年〈昭和54年〉1月1日 -)は、日本のアイドル、シンガーソングライター、俳優、タレントであり、男性アイドルデュオ・KinKi Kidsのメンバー。本名同じ。 兵庫県芦屋市出身。身長168cm。体重2900gで、逆子であった、間もなく父親に転勤の辞令が出て千葉県に引っ越す。1982年、千葉県船橋市にある西船幼稚園に入園するが、すぐに再び転勤で兵庫の社宅に引っ越したため、芦屋市立朝日ヶ丘幼稚園に転入。芸能生活も多忙になってきた1994年、高校に入学。単位制・通信制の学校で5年かかったが無事に卒業。卒業式の日は仕事だったため別の日に校長室で1人で卒業式が行われた。

◎ ジャニーズ事務所入所
小学校6年生の時、少年隊ファンの姉が勝手にジャニーズ事務所に履歴書を郵送し、当時大阪で行われていた光GENJIのコンサートに招待される、同じように事務所入りを決めた堂本剛とともに、平日は中学校に通いながら週末は新幹線で東京にある事務所のレッスンに通う日々をしばらく続ける。中学3年生の時に転校し、上京。今度は合宿所と仕事場の往復となる。ちなみにこの頃合宿所に住んでいたのは剛と長瀬智也、井ノ原快彦とあと1人くらいだったが、同じ仕事と境遇で価値観が合う本当の仲間ができたことが何より嬉しかったという、「W堂本」「KANZAI BOYA(カンサイボーヤ)」などの呼び名を経て1993年4月4日、『キスした?SMAP』にて初めて「KinKi Kids」というグループ名が発表された。 1994年、百数十人が受けたというオーディションで事務所の意向ではなく実力で「影山留加」役を射止め、『人間・失格〜たとえばぼくが死んだら』に出演が決定(剛は「大場誠」役)。愛するがゆえに誠をいじめてしまう役を熱演した。 2002年、『リモート』の氷室光三郎役で第35回ザテレビジョンドラマアカデミー賞助演男優賞&第6回日刊スポーツ・ドラマグランプリ助演男優賞を受賞。2008年、『銀幕版 スシ王子 〜ニューヨークへ行く〜』で映画単独初主演を果たし、この時は役名の米寿司名義で主題歌も担当した。

◎ バラエティ番組・司会
先輩の番組のアシスタントとしてのバラエティ出演を経てKinKi Kidsとしてメインで出演&司会を務めるが、1999年あたりから番組やイベントなどで次第に単独で司会を務めることが多くなる。音楽、討論、教育、F-1などジャンルは様々。タッキー&翼のCDデビュー特番『徹子&光一の生部屋』(2002年9月11日放送)の司会も黒柳徹子と務めた。また、『堂本兄弟』やジャニーズカウントダウンライブなど、KinKi Kidsとして司会を務めている時でも、実質進行役となりトークを回す役目は光一が担うことが多い。「普段はベラベラとしゃべるタイプではなく人の目を見て話すのも苦手だが、"司会"という役割を与えられるとそれが普通にできる」「剛は話を広げるのは上手だがまとめるのは苦手」などそれぞれの特性を生かした結果、自然にこの形に落ち着いた。『LOVE LOVEあいしてる』から『堂本兄弟』に変わった時も、今までと逆に剛を進行役にしようと試みたが、お互い居心地が悪くて戻したという経緯がある。 あまり話すのが得意でないゲストなら自分が率先してくだけて空気を緩め、芸人がゲストなら独自の笑いの世界を壊さないためにあまり立ち入らないようにするなど、臨機応変に自分の立ち位置を変えるという司会スタイルをとる「ゲストを招いての番組のトークでも本番に強いタイプ。しかも努力している姿を見せない…機を織っているところを人には見せないけれど、いつの間にか織り上げている鶴みたいな人」、『ジェネジャン』など討論番組で関わった山口香代プロデューサーも「打ち合わせの段階から自分の意見をしっかり言っている」「うまく発言者を立てながらほかの人に話を振る技量がある」と話すなど、スタッフの間でも高く評価されている。 日本テレビ系バラエティー『Gyuと抱きしめたい』『KinKi KidsのGyu』『ピカイチ』の3番組内で続けて放送されていた「資格ゲッター☆ピカイチ」というコーナーでは毎回様々な資格の取得に挑戦し、最終的には20種類もの資格を取得した。取得後全ては管理しきれず期限切れや失効したものも多数あるが、1級小型船舶操縦士とこのコーナーを始めるきっかけで目標でもあった国内A級ライセンスに関しては意識して更新を続けている。

◎ 舞台
事務所に入所しようと思ったきっかけの大きなものとして実はミュージカルへの憧れがあり、15歳の時、『人間・失格〜たとえばぼくが死んだら〜』のビデオ特典インタビューで将来の夢を聞かれた時には、「歌も踊りも芝居も全て入っているミュージカルをやりたい」と答えていた、無事に成功させる。チケット約7万枚に対し、抽選方式では80万通の応募が殺到、対面方式で販売されたものは15分で即時完売、競争率は11.4倍を記録した。また、海外メディアを含め取材陣は70社200人を超えるなど注目度も高く、帝国劇場89年の歴史上初めてづくしの結果となった、2000年の当初は由緒正しい劇場ということでジャニーズ事務所の進出には実は厳しい意見もとても多かったと光一は当時を振り返っている。しかしこの反響の大きさに是非シリーズ化してほしいという東宝側からの申し入れがあり。名前も『Endless SHOCK』へと変わり、光一が脚本・演出・音楽全てにおいて全面参加、2005年より新生SHOCKがスタートした。高い舞台成果に対しスタッフ・出演者一同に贈られたものだったが、会見で光一は「全員の力でいただくことが出来た。とにかくひとつになることを大切にしてきた。スタッフ、キャストが一つになって作り上げてきたこの舞台で、このような賞がいただけて本当に嬉しい。」と語った。2011年3月1日、帝国劇場が100周年を迎えた日も『Endless SHOCK』が公演中であった。記念すべき日にステージに立っていることについて「本当に『SHOCK』で良かったんですかね?」と恐縮しながらも「人生の3分の1を帝劇に関わらせていただいて、人格を形成してくれた場所といっても過言ではない。本当におめでとうございます」と祝福の言葉を述べた。初演から12年5か月での達成で、同一演目に単独主演の舞台としては国内演劇史上最速となる。両公演ともサポーターや添え木をして1か月の公演を演じ終えたが、「足を運んで下さったお客様とスタッフ、キャストへの申し訳ない思いと、動けない自分への悔しさと、全力で届けなければならないという思いで一杯だった」という気持ちから、「自分の不注意から怪我をして、全力のショーをお見せできず、申し訳ありません」と初日のカーテンコールで涙を流した。後のインタビューで「怪我をしてしまった日に東宝さんから“足を怪我していても他に魅せ方はいくらでもあると思いますよ。”と言われたことが救われたし、力になった」と語っている、2006年には急性胃腸炎を患いながらステージに立ったこともある。これらのこともあり、今では公演中、験担ぎではないがもし舞台で何か起こった時に自分に逃げ場を作らないため、公演開始前の起床→劇場入り→食事→ストレッチ&ウォーミングアップ→お風呂→メイクアップ→ステージに立つというルーティーン作業を決して崩さないようにしている。ちなみに2008年に舞台機構の故障による中止→振替、2011年の東日本大震災による中止、2015年の可動式LEDパネル負傷事故による中止、2020年の新型コロナウイルス感染拡大による中止は経験したものの、自らの体調不良や怪我を理由に公演を中止にしたことは一度も無い。 シリーズを貫く不変のテーマとして"Show Must Go On"(何があってもショーは続けなければならない)の精神があり、これはジャニーズ事務所の携帯サイト「Johnny's web」での光一の連載のタイトルにもなっている。 『SHOCK』シリーズは2000年の初演から2019年まで20年連続で毎年上演され、いまや光一のライフワークとなっている。初演から15年を超えてもチケットが前売り開始日に即日完売する盛況ぶりは「日本一チケットが取りにくい舞台」としても名高い。天井の高さやセリ、ステージ幅の問題などから長く帝国劇場でしか上演されてこなかったが。 2020年、初演の2000年から20年間『SHOCK』シリーズをけん引してきた功績が認められ、第45回菊田一夫演劇賞大賞を個人でも受賞。41歳での受賞は、2016年に『エリザベート』で大賞を受賞した花總まりの43歳という記録を抜く史上最年少で、ジャニーズ事務所のタレントとしても初の受賞となった、大人になってからも好きなアーティストにはBon Joviらを挙げている。初めて買ったCDは小田和正の「ラブ・ストーリーは突然に」で、『LOVE LOVEあいしてる』のスペシャルで小田がゲスト出演した時にはセッションが実現した。その他、お気に入りの楽曲としてよく挙げているのは串田アキラの「宇宙刑事ギャバン」。 『LOVE LOVEあいしてる』で吉田拓郎をはじめとした一流ミュージシャン達と出会い、ギターを教えてもらう。そして番組内で吉田拓郎に促されて初めて作詞・作曲し、「MY WISH」という楽曲を作った。この曲を吉田拓郎に初めて見せた時、決して否定することなく「よく作ったね」と言ってもらえたため、「自分にも曲が作れるんだ」「面白い、もっと勉強しよう」と思ったことが忘れられないというというペンネームを使って素性を明かさないままKinKi Kidsのシングル『solitude 〜真実のサヨナラ〜』を発表した。 2001年、イベント「お台場どっと混む」のために結成されたジャニーズJr.期間限定ユニット☆☆I★N★G★進行形に「LOVE together」を作詞したのを始めとし、後輩への楽曲提供やプロデュースも手掛けるようになる。日本テレビ系バラエティー『ジャパン☆ウォーカー』内のコーナー「光一計画」ではJ-Support (K.K.Kity) に「Private Hearts」を、滝沢秀明の舞台『DREAM BOY』にも同名の楽曲を書き下ろした。その他、NHK BS2の音楽番組『ザ少年倶楽部』の2002年10月からのエンディング曲「LOVE&DREAM」(作曲)など。なお、2002年にKAT-TUNが歌番組やコンサートでオリジナル曲として披露した「Change」は元々光一が自ら1999年のKinKi Kids冬のコンサートで披露していたものである。 堂本剛が2002年にすでにソロデビューを果たしていたこともあり、早くから光一にもソロデビューをと望む声があったが、本人は「いずれ出さなアカンかな」というくらいの考えだった。しかし主人公・トール(青年期)役でフジテレビ系アニメ『獣王星』で声優に初挑戦することが決まり、自身が作曲した「Deep in your heart」が主題歌に決まると、これは形にしなければと2006年7月12日、両A面シングル『Deep in your heart/+MILLION but -LOVE』としてリリースが決定。27歳にしてようやくソロCDデビューを果たし、初週22.1万枚を売り上げ、オリコンウィークリーランキングで第1位を記録した。 マイナーコードの曲を好み、自身で作るのもマイナーコードのものが多い。作曲ではメロディの力を借りて人の感情を動かす音楽を作りたいという思いが強い」「世の中に詞だけを全部書く人はいっぱいいるが逆は聞いたことがない」「作詞の才能がないと思うし、詞を書いていてもあまり楽しくない、苦手」「自分語りが苦手で"俺はこういう人間です"と言葉で語りたい欲求がない」などの理由で作詞活動からは遠のき、作曲のみに専念。ソロシングル・アルバムではほぼ全ての楽曲を作曲のみ担当している。そして2010年の雑誌のインタビューでの「今後(詞を)書く機会があるかどうかはわからないが、基本的にはもう書かない。 ソロでのCD、グループでのCDともに、コーラスの歌入れ・ミックス・トラックダウンなどを自ら担当し、制作&レコーディング期間中はスタッフと毎日朝まで話し合いながら作ることが多い。音楽評論家の麻生香太郎は、「そんなアイドルは聞いたことがない。もはや光一は、作品の出口管理までしないと気が済まないプロデューサー型人間になっている」と述べている、マイケル・ジャクソンの「LITTLE SUSIE」「2 BAD」やStray Catsの「ROCK THIS TOWN」など毎週のようにダンスで披露した。 初ソロコンサートはソロCDデビューよりも早く、2004年の春。2年越しの構想の末、構成や演出全てを光一自身が手掛けて実現したというタイトルに込めた"KinKi Kidsは2人"という意味の通り、KinKi Kidsや剛の楽曲を披露したり、自らが頼んで剛に書いてもらった『大丈夫』というタイトルの数行にわたるメッセージをモニターに流したりと、まだグループのうちの1人であることを意識した内容であった。しかし2006年に行われた2回目のソロツアーではKinKi Kidsの曲は封印され、1stソロアルバム『mirror』の楽曲を中心に、披露された19曲のうち18曲が自身が作曲した楽曲で構成されるという完全な堂本光一ソロワールドで展開された。以降のツアーも全て光一自身が構成・演出・総合プロデュースを担当し、ダンスや照明を含めたすべての細かい打ち合わせから携わっている。ジャニーズ事務所にはコンサートの構成を考える専門のスタッフが存在しないため、「15歳の頃から自分で考えるのが普通だったし、みんなそうしてきた」「逆に、自分の音楽性を自分より理解している人間はいないのに、他人が構成を考えるという感覚が理解できない」と本人は話している、9割は自分がやりたいことをやるが残りはファンが喜ぶ演出を入れることなどを心掛け。ステージの演出では照明が最も重要であるというこだわりをもっており、PIGIやドットイメージなど当時の最新鋭の照明・投影機材を海外から輸入していち早く取り入れている。光による演出が難しく、天候や時間で左右されてしまう屋外の公演はあまり好きではなく、ソロコンサートは一度も野外では行われていない。 MCに関しては当初、剛がいないことで戸惑いを見せたり、憎まれ口や毒舌。 これらをソフト化したコンサートDVDやプロモーションビデオなど、すべての映像作品においても細かく制作や編集に携わっている。ただし、「裏側を見せてもお客さんの反応が変わる必要はないし、(作り手の苦労は)関係ない」「それより出したものを素直に受け取ってほしい」というように元々制作過程や舞台裏を見せるのが好きではなく。元々モノ作りに関してはかなりマニアックで、すべてに関して人任せにはせずに、細部までこだわって作らないと気がすまず、そんな姿を自ら「オタクの世界ですね(笑)」と認めている。目標を掲げたり先の予定を立てるのが好きではなく。そんな姿をストイック、プロ意識が高い、完璧主義者など職業柄撮られることが多いにもかかわらず、写真は苦手。取材やインタビューでは話を盛ったりリップサービスをせず、発言には長年にわたってブレが無い。同じく王子を自称していた及川光博からも「日本の王子様は光一君、君だけだよ」と言われ、堤幸彦は「王子といえば光一」という発想からドラマ『スシ王子』の主役に光一を抜擢した。年齢を重ね、"王様"に変えようとした動きもあるが、その呼び方は根強くの投票の中、第5位となった。ちなみに本人は「随分前からネタです」と割り切っているであり、なかでも原辰徳監督や川相昌弘のファン。芦屋で幼稚園に通っていた頃、母親と散歩中に近所の竹園ホテルで王貞治監督に遭遇し、サインをもらった上に「大きくなったら巨人軍にいらっしゃい」という言葉をもらったり。野球好きと巨人ファンであることを公言していたため、野球界で何かあると各スポーツ紙にコメントを求められて発表することもあるが、好きな選手が引退したこともあり、2007年頃には「最近のプロ野球事情はわからない」というような発言が増えて野球の話は減り、次第にF1の話の割合の方が多くなっていった。 : 野球は観るだけでなく自身でもプレイしており、その歴史も小学校の頃からと長い、リトルリーグに入り。仕事を始めてからもジャニーズ大運動会(野球大会)に出場して4番・ピッチャーを務め、1998年の大会ではMVPも受賞した。同じ1998年にはジャニーズ・エンタテイメントのスタッフと草野球チームも結成している。肩を痛めてからはファーストに回るようになったが、プライベートではその後も暫くは草野球を続けていた。公の場では『銀幕版 スシ王子 〜ニューヨークへ行く〜』のプロモーションの一環で始球式に出たり、2011年5月29日に行われたMarching Jのチャリティー野球大会や、2016年4月13日に行われたジャニーズ野球大会でプレイしたりする姿を見せている。
◇ 車・F1 : 近所に住んでいたお兄さんのような存在の人の影響で小さい頃から車が好きになり、将来の夢はタクシーの運転手だった、日本人初のF1パイロットとしてロータスで走っていた頃から全戦観戦している。なかでも1989年のオーストラリアGP(「雨のナカジマ」)、「日本人ドライバーのパイオニア。F1チームの中ではフェラーリをこよなく愛し、自身が乗っている車もフェラーリで、著書『僕が1人のファンになる時』ではその愛車・430スクーデリアも公開している。その他、別のドイツ製の高級車も所持しており、天候によって乗り分けていた。 : 芸能界きってのF1ファンとも言われ、本人もF1は自身にとって「最高のエンターテイメントで究極の娯楽」だと話す。F1関連の仕事も多数経験しており、2000年と2002年にフジテレビF1中継にゲスト出演した。2007年にはブリヂストンF1日本GPプレスミーティングで進行役を務め、2009年10月には鈴鹿サーキットで行われた2009年日本グランプリに国際自動車連盟 (FIA)唯一の公式VIPゲストとして招待され、前夜祭イベントやフジテレビF1中継等に出演した。プライベートでも2005年9月にベルギーグランプリを、2011年に鈴鹿で日本グランプリを現地観戦している。2007年から2012年まで毎年東京中日スポーツでF1に関するコラム「光速CORNER」を連載していたほか、2006年から2015年まで雑誌『GRAND PRIX SPECIAL(F1グランプリ)』(ソニー・マガジンズ)で「F1賛歌」を連載していた。また、専門家も驚くほどF1に精通していると製作側に白羽の矢を立てられ、2014年にはF1映画『ラッシュ プライドと友情』でジェームス・ハント役として声優出演した。2023年にはF1番組『@cx_motorsports presents 堂本光一のレースのミカタ』の番組ホストを務める。テレビで生中継を見る時は、川井からメールでレースの資料用のデータやレポートなどの情報を送ってもらい、他に夢中になることがあると食べるという行為自体を忘れてしまう。時に周りが驚くほどの食欲を突然みせることもあるが、普段は「生きるために食べているだけ」という趣旨の発言をすることもしばしば、「無ければ死んでしまう」と話すほど、その後、自身のライブDVD『KOICHI DOMOTO CONCERT TOUR 2006 mirror〜The Music Mirrors My Feeling〜』のCMではナレーションを中井が担当した。2002年に発売された『ファイナルファンタジーXI』においては7年にわたってプレイし続け、総プレー時間が900日を超えた。光一のFFシリーズファンぶりは『ファイナルファンタジー』シリーズを手掛けるスクウェア・エニックスでも有名で、同社の代表取締役社長・松田洋祐が舞台を観に来たことをきっかけに、2021年発売予定のアルバム『PLAYFUL』のビジュアル制作、およびショートムービー『V』のプロデュースや制作でスクエア・エニックスとコラボレーションすることが決まった。オンラインゲームでは『Endless SHOCK』でも共演する植草克秀と交流を深める。 : デジタルには明るく、メカ類も好きで、子供の頃は何でもすぐに分解してよく怒られていた。携帯アプリでふぉ〜ゆ〜ら後輩とメールのやりとりをしたりと称されるほどの興味の持ちようで、相対性理論などがコンサートのMCで話題になることも少なくない。水や光の屈折、究極の丸についてなど、日常生活において普通に存在するものについて興味をもち、当たり前の事柄や現象に疑問を感じる。それが当たり前ではなくなる宇宙も子供の頃から好きで、NHKでは火星関連番組、科学好きが高じて科学番組『ちょこっとサイエンス』に突然メスのロングコート・チワワ。その後は自身のソロコンサートや番組に出演させたり、ソロの音楽リリース作品の特典として画像や映像を残すなど、自他共に認める親バカぶりをみせている。ちなみに犬・猫に限らず昔から動物は大好き。
・ チェーンソー伐木資格を活かし伐採したクリスマスツリーが、横浜みなとみらい21ランドマークタワーのドックヤードガーデンで公開された。
・ アーク溶接の資格を活かし、USJのアトラクション「JAWS」の前に設置されているサメのオブジェのヒレの部分を溶接した、『PLAYFUL』は2021年8月18日より、デジタル配信の販売及びサブスクリプションの配信が解禁となった。

◎ シングル
堂本光一名義
発売日 タイトル 規格 規格品番 最高順位
 1    2006年7月12日    Deep in your heart/+MILLION but -LOVE  CD+DVD   JECN-0102(限定盤A)    1位
 CD   JECN-0200(通常盤初回プレス)
 CD   JECN-0201(通常盤)

米寿司名義
  1    2008年4月30日     No more  CD+DVD   JECN-0164(初回限定盤)     1位
 JEBN-0191 (Type B)
   Blu-ray   JEXN-0038 (Type A)
  JEXN-0039 (Type B)


◎ アルバム

1   2006年9月13日   mirror   1位
2   2010年9月1日  BPM   2位
3   2012年10月3日  Gravity   1位
4   2015年7月8日  Spiral   2位
5   2021年6月2日  PLAYFUL   1位


○ サウンドトラック

1   2006年1月11日   KOICHI DOMOTO Endless SHOCK Original Sound Track   1位   ミュージカルのサウンドトラックによる首位獲得は史上初  



◎ 映像作品

1   2002年6月19日   KOICHI DOMOTO SHOCK DIGEST    VHS / DVD   VHS総合:1位   初週売上は音楽DVD史上4位  
5   2007年5月16日  KOICHI DOMOTO CONCERT TOUR 2006 mirror
〜The Music Mirrors My Feeling〜   DVD総合:1位  
6   2008年10月29日  Endless SHOCK 2008   DVD総合:1位  
 7   2011年3月9日    KOICHI DOMOTO CONCERT TOUR 2010 BPM   DVD   DVD総合:1位  
  2012年10月3日   BD   BD総合:8位  
 8   2013年2月6日    Document of Endless SHOCK 2012 -明日の舞台へ-   DVD   DVD総合:1位    制作の裏側を見せるドキュメンタリーであるため、映像作品の中で唯一光一が編集に携わっていない  
  2014年2月5日   BD   BD総合:9位  
10   2013年9月18日  Endless SHOCK 2012    DVD / BD   DVD総合:2位
(DVD音楽:2位)
BD総合:1位
(DVD音楽:1位)
BD総合:1位
BD総合:1位
BD総合:1位
BD総合:1位
33万人動員
(追加3公演を含む)   名古屋レインボーホール
マリンメッセ福岡
サンドーム福井
大阪城ホール
真駒内アイスアリーナ
宮城県総合運動公園総合体育館
横浜アリーナ   光一の希望で前回のツアーで行けなかった名古屋からスタート。9月17日18時開演の福岡公演は台風の影響により10月3日18時30分開演に振替られた。内容は1作目のソロアルバム『mirror』を中心に構成し、「追憶の雨」など『SHOCK』からの曲も一部披露した   5か所16日間25公演
30万2000人動員
(追加10公演含む)   マリンメッセ福岡
名古屋 日本ガイシホール
大阪城ホール
横浜アリーナ
北海道立総合体育センター
(横浜アリーナは9月・10月の2回に分けての公演)   日本で開発され、世界でまだ27台しか存在しない光を立体的に見せることができる最新鋭の舞台装置「.image(ドットイメージ)」を全て集結させ、世界初となる豪華演出を披露。照明にもこだわり、昨年も使用した「.image」を今年は81台に増やした。また、ジャニー喜多川の助言もあり、横浜アリーナ公演最終日のライブ後半「Bounce up」の間奏では愛犬パンを登場させ、報道陣に初のお披露目となった
(追加3公演含む)   韓国・ソウル オリンピック公園-オリンピックホール
台湾・台北 南港101   2010年のBPMツアーを鑑賞した韓国のエージェントから「こういうステージをぜひ韓国でもやって欲しい」とのオファーがあり、初の韓国公演が実現。公演前の8月第2週にプロモーションのため韓国を訪れ、ソウル弘恩洞グランドヒルトンホテルで来韓公演記念記者懇談会を開いた。韓国は当初1公演予定だったにもかかわらずチケットが30秒で完売したため2公演が追加、KinKi Kidsの海外ツアー以来10年ぶりとなる台湾公演も30分で完売したため1公演が追加された。公演内容は2010年に日本で行ったBPMツアーと同じ  18公演
20万人超動員   北海きたえーる
神戸ワールド記念ホール
横浜アリーナ
長野ビッグハット
仙台 セキスイハイムスーパーアリーナ
名古屋日本ガイシスポーツプラザ ガイシホール
石川県産業展示館4号館
マリンメッセ福岡
大阪城ホール(特別公演)   9月30日に予定されていた神戸ワールド記念ホールでの2公演は台風17号の影響で中止となり、12月16日の大阪城ホール公演に振替となった。
  2015年
7月12日 - 8月21日   ツアー KOICHI DOMOTO LIVE TOUR 2015 Spiral   5か所12公演
15万3000人動員。2015年6月に『ミュージックステーション』で共演したことをきっかけにケント・モリにツアー用振り付けをしてもらうことが実現した「SHOCK」や。演出にもこだわり、縦80メートル、横70メートルで高さ20メートルまで上がる十字型の空中花道も登場した   2か所13公演   東京芸術劇場コンサートホール
東京オペラシティ   2018年に上演したミュージカル『ナイツ・テイル-騎士物語-』のコンサート版として光一・井上芳雄を含む初演の主要キャスト7人を中心に、東京フィルハーモニー交響楽団の演奏を背に約2時間で新曲を含む33曲を映像や劇中セリフ、トークコーナーも含めて披露。開催にあたっては新型コロナウイルス感染防止対策を徹底し、収容人数も約半数におさえらえた。
  2021年
6月20日 - 8月12日   ツアー KOICHI DOMOTO LIVE TOUR 2021 PLAYFUL   5か所11公演   真駒内セキスイハイムアイスアリーナ
日本ガイシスポーツプラザ ガイシホール
横浜アリーナ
大阪城ホール
マリンメッセ福岡   アルバム『PLAYFUL』を引っ提げたコンサート。アルバムと同じくスクウェア・エニックスとコラボレーションする演出を含め、「音を可視化させる」をテーマに「V-Last Forever-」と題したCD未収録の楽曲も含め約1時間45分で全21曲を披露。感染対策のため、ファンは着席状態で「ずっと前だけを見られるように」と花道は無し。また、8月12日のマリンメッセ福岡での最終公演は生配信された。



舞台

width="7%"  年 width="12%"  公演日程 width="30%"  タイトル width="14%"  会場:公演数 width="5%"  役 width="9%"  総合演出 width="30%"  備考
  1993年   8月6日 - 8月24日 ANOTHER   アートスフィア
南座   コウイチ   ジャニー喜多川   初舞台(当時13歳)。主演はSMAP。3行くらいのセリフがあったが、なかなか覚えられなかったという   主演
優貴   ジャニー喜多川   初主演ミュージカル(当時20歳)。『Blast』唯一の日本人団員である石川直をカンパニーに迎え入れ、パーカッションに初挑戦。この年、光一が新たに作曲した劇中曲は「So Feel It Coming」「Don't Look Back」「Why Don't You Dance with Me?」「Yoru-no-umi」。
  2006年   2月6日 - 3月29日 Endless SHOCK   帝国劇場:全76公演
14万144人
  2007年   1月6日 - 2月28日 Endless SHOCK   帝国劇場:全81公演
14万9364人。ラダーフライングでは2階席に着地する初演出が加わった。1月23日昼公演が開演直後に舞台装置のコンピューター制御に不具合が生じ、安全確保のためにSHOCK史上初の公演中止→2月17日に振替となる。1844人の観客に対して光一が直接謝罪し、カンパニーのメンバーらと共に最後の1人が劇場を去るまで舞台上から見送った。4月21日に行われた授賞式には光一、屋良朝幸、大倉忠義の3人が出席し、初日本番からは無事に開幕。3月12日夜公演で626回を迎え、『屋根の上のバイオリン弾き』で森繁久彌が19年かけて樹立した単独主演公演回数の記録を8年5か月という帝劇史上最速のスピードで23年ぶりに塗り替えた。植草克秀がオーナー役で初めて出演し。
    2010年   2月14日 - 3月30日   Endless SHOCK   帝国劇場:全63公演     主演
コウイチ     堂本光一     2002年6月以来の夏公演を含む初の年間全100公演。終演後の特別カーテンコールでは近藤真彦や東山紀之、過去にSHOCKに出演していた錦戸亮らからのビデオメッセージが上映された。演目では金色の衣装をまとい、和傘を手に高さ8メートルを飛ぶ和製『メリー・ポピンズ』さながらの新フライングが初披露された   山本寛斎   デザイナーでイベントプロデューサーの山本寛斎が、黒澤明監督の映画『七人の侍』をモチーフに構想と準備に3年の歳月をかけて作り上げ、監督・総指揮を務めたショー。光一にとっては初の外部主演舞台となる。その他、仲里依紗と2人でリングを2つ組み合わせたゴンドラで登場して七夕伝説の織り姫とひこ星を表現したり、プールの水が大砲のように噴射する中での戦闘シーンにも挑んだ。800回目の公演であった3月11日昼公演の1幕と2幕の幕間に東日本大震災が発生し、公演がストップ。その後も公演を続けるかどうか検討が繰り返され、劇場に観客を入れて準備がされたこともあったが、結局3月31日千秋楽までの残り計28公演の中止が発表された。
    2012年   1月7日 - 1月31日  Endless SHOCK   博多座:全34公演
4万7600人、昨年までずっと出演してきた米花剛史と町田慎吾が抜けることになったため、台本を光一と帝劇の齋藤安彦プロデューサーが中心となって作り直した。2幕に新曲「DEAD or ALIVE」「夢幻(むげん)」が追加。2013年3月21日に公演回数1000回を達成。
  4月8日 - 4月30日   博多座:全29公演
4万600人
    2014年   2月4日 - 3月31日   Endless SHOCK   帝国劇場:全76公演
14万144人が前回の梅田芸術劇場千穐楽での1078回公演で卒業となったため、「SHOCK」シリーズ全公演に出演しているのは光一のみとなる。ラストナンバーの「CONTINUE」が9年ぶりにアレンジされ、曲や映像で冒頭から後半までを振り返るダイジェスト的な演出となった。
  9月8日 - 9月30日   梅田芸術劇場:全30公演
5万3970人
13万4612人     主演
コウイチ     堂本光一     シリーズ15周年記念公演ということで、製作発表は史上初のファン参加型形式で行われた。内容も光一の発案で殺陣のパターンが追加され、オンブロードウェーでの初披露曲を新曲「Dancing On Broadway」に変更、コウイチとライバル役が楽屋でぶつかり合うシーンはセリフではなく新曲「Missing Heart」で表現されるようになった。3月19日の昼公演中に2枚のLEDパネルが倒れ、出演者5人とスタッフ1人が負傷する事故が発生。
  9月8日 - 9月30日   梅田芸術劇場:全30公演
5万3970人。3月14日の夜の部で公演回数1400回を記録し、カーテンコールには市村正親がサプライズ登場して祝福した。2000年の初演から16年・37歳での達成となり(同一演目舞台での単独主演回数が2017公演である『放浪記』は主演の森光子が79歳で1400回に達した)、累計動員は250万人を超えた。
   2017年   2月1日 - 3月31日  Endless SHOCK   帝国劇場:全78公演    主演
コウイチ    堂本光一    肉体改造を行って公演に臨み、3月31日の千秋楽公演で1500回公演を達成。初演から16年5か月・38歳での達成となり、動員数は270万人、階段落ちは合計3万492段を記録。読売新聞東京本社ビルでは2月1日から「読売新聞・報知新聞『SHOCK』記事展 2000〜2017」が開催され、3月31日には記念号外も発行された。
  9月8日 - 9月30日   梅田芸術劇場:全30公演
  10月8日 - 10月31日   博多座:全30公演
   2018年   2月1日 - 3月31日 Endless SHOCK   帝国劇場:全70公演   主演
コウイチ   堂本光一   ライバル役の中山優馬、オーナー役の久野綾希子などメインキャストを含め、アンサンブルキャスト、ダンサーも半数が入れ替わった新カンパニーでの公演。序曲も新しくなった。公演回数は3月6日の公演で1600回に到達した。
  7月27日 - 8月29日
(プレビュー公演:7月26日・27日)  ナイツ・テイル-騎士物語-   帝国劇場    主演
アーサイト    ジョン・ケアード    ジョヴァンニ・ボッカッチョの『Teseida』、ジェフリー・チョーサーの『騎士の物語』、ジョン・フレッチャー / ウィリアム・シェイクスピアの『二人の貴公子』を原作にジョン・ケアードが脚本・演出を手掛けるオリジナルのダンスミュージカル。
  9月18日 - 10月15日   梅田芸術劇場
    2019年   2月4日 - 3月31日  Endless SHOCK   帝国劇場    主演
コウイチ     堂本光一    光一の発案で、オーケストラピットや一部演出を変更。3月31日公演で森光子以来となる史上2人目、単独主演1700回を達成した。
  9月11日 - 10月5日   梅田芸術劇場
   2020年   2月4日 - 2月27日 Endless SHOCK 20th Anniversary   帝国劇場:全71公演   主演
コウイチ   堂本光一   これまで「演出」として名前が表記されていたジャニー喜多川が「エターナルプロデューサー」に変更。舞台の公式Instagramも開設され、ライバル役に上田竜也が初抜擢された他、アンサンブルの出演者も8割方変更となる。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、2月28日から公演中止に入る。中止期間は当初3月10日までとされたがその後延長を重ね、最終的に千秋楽までの全公演が中止された。3月22日、インスタライブ生配信を実施。
  9月15日 - 10月12日 Endless SHOCK -Eternal-   梅田芸術劇場:全31公演   主演
コウイチ   堂本光一  
   2021年   2月4日 - 3月31日 Endless SHOCK -Eternal-   帝国劇場   主演
コウイチ   堂本光一  
  9月13日 - 9月30日  ナイツ・テイル-騎士物語-   梅田芸術劇場    主演
アーサイト    ジョン・ケアード    2020年のコンサート版で新たに披露された新曲も盛り込まれた3年ぶりの再演で、福岡でも初上演される。舞台スタッフに新型コロナウイルス陽性が確認されたため、当初の予定より6日遅れで開幕した。初日終了後には共演する井上芳雄、音月桂、上白石萌音と共にインスタライブも行われた。
  10月6日 - 11月7日   帝国劇場
  11月13日 - 11月29日   博多座
   2022年   4月10日 - 5月31日 Endless SHOCK -Eternal-   帝国劇場   主演
コウイチ   堂本光一  
  9月5日 - 10月2日 Endless SHOCK   博多座   主演
コウイチ   堂本光一  
   2023年   4月9日 - 5月31日 Endless SHOCK・Endless SHOCK -Eternal-   帝国劇場   主演
  堂本光一  
  10月9日 - 31日  ミュージカル「チャーリーとチョコレート工場」   帝国劇場    主演
ウィリー・ウォンカ    ウォーリー木下    日本版初演。
   2024年   1月4日 - 15日   博多座
  1月27日 - 2月4日   フェスティバルホール
  4月11日 - 5月31日 Endless SHOCK・Endless SHOCK -Eternal-   帝国劇場   主演
コウイチ   堂本光一  
  7月 - 8月  Endless SHOCK   梅田芸術劇場    主演
コウイチ    堂本光一    光一主演のSHOCKシリーズは今作で終了予定。
  9月   博多座
  11月   帝国劇場



● 出演


◎ テレビドラマ

・ ドラマシティー'93「愛よ、眠らないで」(1993年1月28日、日本テレビ) - 池田浩一 役
・ 人間・失格〜たとえばぼくが死んだら〜(1994年7月8日 - 9月28日、TBS) - 影山留加 役
・ 家なき子2(1995年4月15日 - 7月8日、日本テレビ) - 牧村晴海 役
・ 木曜の怪談「マリオ」(1995年11月2日、フジテレビ) - 主演・毬夫 役
・ 金曜エンタテイメント「炎の料理人」(1995年12月1日、フジテレビ) - 主演・周富徳 役
・ 山田太一新春ドラマ「パパ帰る'96」(1996年1月4日、テレビ朝日) - 福原光太郎 役
・ 銀狼怪奇ファイル 〜2つの頭脳を持つ少年〜(1996年1月13日 - 3月16日、日本テレビ) - 主演・不破耕助/銀狼(二役)
・ 若葉のころ(1996年4月12日 - 6月28日、TBS) - 主演・藤木甲斐 役
・ 新 木曜の怪談「cyborg」(1996年10月17日 - 11月21日、フジテレビ) - 主演・戒堂晃 役
・ 24時間テレビドラマ「勇気ということ」(1997年8月23日、日本テレビ) - 主演・田村和夫 役
・ 艶姿ナニワの光三郎七変化(1997年10月2日、関西テレビ) - 主演・浪速屋光三郎 役
・ ぼくらの勇気 未満都市(1997年10月18日 - 12月20日、日本テレビ) - 主演・ヤマト 役
 ・ ぼくらの勇気 未満都市2017(2017年7月21日、日本テレビ) - 主演・ヤマト(新藤 大和)役
・ ハルモニア この愛の涯て(1998年7月11日 - 9月12日、日本テレビ) - 主演・東野秀行 役
・ P.S. 元気です、俊平(1999年6月24日 - 9月16日、TBS) - 主演・加地俊平 役
・ 平成夫婦茶碗〜ドケチの花道〜(2000年2月16日、日本テレビ)
・ 天使が消えた街(2000年4月12日 - 6月28日、日本テレビ) - 主演・高野達郎 役
・ ルーキー(2001年4月10日 - 6月26日、関西テレビ) - 主演・愛田誠 役
・ リモート(2002年10月12日 - 12月14日、日本テレビ) - 氷室光三郎 役
・ 陰陽師(2015年9月13日、テレビ朝日) - 源博雅 役

◎ テレビ番組

・ チチパパ親父娘をたのむで(1997年4月25日 - 9月26日、フジテレビ)
・ ピカイチ(1999年10月3日 - 2001年9月30日、日本テレビ)
・ The Covers(2022年4月3日 - 、NHK BSプレミアム) - ナレーター
・ @cx_motorsports presents 堂本光一のレースのミカタ(2023年9月8日、フジテレビTWO)

◎ 映画

・ 200X年・翔(1992年11月14日公開、ヒューマックス) - 主演・聖翔 役
・ シュート(1994年3月12日公開、松竹)
・ 家なき子(1994年12月17日公開、東宝) - 堀口稔 役
・ 銀幕版 スシ王子 〜ニューヨークへ行く〜(2008年4月19日公開、ワーナー・ブラザース映画) - 主演・米寿司 役
・ Endless SHOCK(2021年2月1日公開、東宝映像事業部) - 主演・コウイチ 役(作・構成・演出・監督も務める)

◎ ネット配信

・ 光ちゃん、これやってみない?(2018年6月8日 - 2018年7月13日〔全6回〕、GYAO)

◎ 声優

◇ テレビアニメ :
・ 獣王星 第6話 :
◇ 映画 :
・ ラッシュ プライドと友情(2014年2月7日、ギャガ) - 主役・ジェームス・ハント〈クリス・ヘムズワース〉 役(吹き替え)
・ 日本コカ・コーラボトラーズ「コカ・コーラ」(2003年3月 - 7月)
・ ハウス食品「カップシチュー」(2007年9月15日 -)
・ 森永製菓「ポテロングZ〈わさび味〉」(2007年12月 -) - テレビCMはなく、監修&雑誌等の広告のみ
・ 映画『フォードvsフェラーリ』(2020年1月 -)
・ 僕が1人のファンになる時(2013年3月14日発売、エムオン・エンタテインメント) ISBN 978-4-7897-3598-8
 ・ 上記2冊は『GRAND PRIX SPECIAL』での連載「F1賛歌」をベースに加筆された本。そのためF1関連の話題がメインである。
・ エンタテイナーの条件(2016年2月14日発売、日経BP社) ISBN 978-4-8222-7272-2
 ・ 『日経エンタテインメント』での連載を書籍化。

◎ 連載

・ ソニー・マガジンズ『GRAND PRIX SPECIAL』「F1賛歌」(2006年2月号 - 2016年1月号)
・ 『東京中日スポーツ』「光速コーナー」(2007年 - 2012年12月1日、2017年)
・ ぴあ『ススめるぴあ』「Endless Days 〜堂本光一のオワラナイ日々〜」(2010年2月 - 2010年12月)
・ 日経BP社『日経エンタテインメント』「エンタテイナーの条件」(2013年9月号 -)
・ 集英社『週刊プレイボーイ』「堂本光一 コンマ一秒の恍惚」(2016年10月 -) ※月1連載→隔週連載(- 2024年1月22日号)→WEB連載

「堂本光一」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/
2024年3月29日9時(日本時間)現在での最新版を取得

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